あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
 三ケ月ぶりに土恵(つちけい)商事へ戻ってきた荒木(あらき)羽理(うり)は、出社して荷物を置くなり大葉(たいよう)に連れられて、かつての古巣――財務経理課へ出向いた。

「羽理ぃーっ!」
 羽理が姿を現すなり、すぐさま椅子を蹴倒(けたお)さんばかりの勢いで立ち上がって駆け寄ってきた法忍(ほうにん)仁子(じんこ)にギューッと抱きしめられて、羽理はうるりと瞳を潤ませる。
「もぉー、この子は! ちょっと見ない間に立派になってっ!」
 お母さんですか!? というセリフを吐きながら羽理を涙目で見詰めてくる仁子に、財務経理課の時とは違ってきっちりしたスーツに身を包んだ羽理は、「えへへー。中身は全然変わってないんだけどねぇー」と涙目のままはにかんだ。
「いえいえ、中身もかなりグレードアップして戻っていらしたと屋久蓑(やくみの)副社長からお(うかが)いしていますよ? 僕としても荒木(あらき)さんを手放したのは惜しいくらいですが、もううちの課では手に余る存在に成長されたとか。――そうですよね? 大葉(たいよう)さん?」
 仁子の背後から、倍相(ばいしょう)課長にふんわりとどこか《《含みのある表情で》》微笑まれて、調子に乗った大葉(たいよう)から「ああ。俺の自慢の婚約者(フィアンセ)兼、《《専属》》秘書だからな。もう財務経理課(ここ)へは返せんぞ?」と肩をガシッと掴まれる。
 会社では基本〝屋久蓑(やくみの)副社長〟と呼んでいる癖に、私情を滲ませたように〝大葉(たいよう)さん〟と呼び掛けた倍相(ばいしょう)課長は、財務経理課(内部)にいた時には気付けなかったけれど、結構な腹黒策士さんだと思ってしまった羽理である。
 倍相(ばいしょう)課長に焚きつけられたように肩へ載せられた大葉(たいよう)の手をペシッと叩いて排除すると、羽理は改めて元同僚たちを見回した。
 何だかんだいって馴染み深い雰囲気に、もうここへは戻って来られないんだと実感すると、やっぱり寂しいなという思いがこみ上げてきた。

(あ……)
 別に彼女の存在を忘れていたわけではない。
 だけど……やっぱり自分の場所を奪われたとちょっぴり恨む気持ちが心の奥底深くに(ひそ)んでいたんだろうか。
 仁子と倍相(ばいしょう)課長の背後へ隠れるようにして、ほんの三ケ月前まで自分が使っていた席で、立ち上がってはみたもののどうしたらいいのか分からないみたいに呆然と立ち尽くしたままの美住(みすみ)杏子(あんず)に気が付いた羽理は、慌てて指の腹でサッと涙を拭った。

 羽理を大葉(たいよう)のそばへ配置転換して、美住杏子(かのじょ)を他社から財務経理課へ引き抜いたのは社長の意志だ。
 美住(みすみ)杏子(あんず)に罪はない。
 ちょっと前まではあんなに大葉(たいよう)に会わせたくないと思っていた彼女のことを、今は全然警戒していないことも、羽理の心をほんの少し穏やかにした。
 だって、それこそ公私ともに……大葉(たいよう)と一番近い場所を陣取っているのは自分自身で、美住杏子のそばには彼女を誰よりも愛してやまない倍相(ばいしょう)岳斗(がくと)がいると思えるから。
 財務経理課は、羽理にとって確かに恋しい場所だけれど、今日から始まる屋久蓑大葉(最愛の人)のサポートだって、きっとかけがえのないポジションになるはずだ。そう考えると、羽理は今さらながら土井社長の采配には敬意を表するしかないと思った。
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