あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
杏子と荒木羽理は何となく似ている。自分も元々は羽理に惹かれていたはずなのに、気が付けばいつの間にか荒木羽理に似た容姿を持つ杏子に惚れこんでしまっていた。
実感を伴ったその事実を失念していない岳斗は、今から羽理と大葉が入籍をすると言っていたことを思い出して、懇乃介の好意の矛先が、既婚者よりはハードルが低かろう自分の恋人へ向くことがないようしっかりと牽制しておく。
「なんか四面楚歌なんですけど!」
文句を言いながらも、しっかりと仁子の鞄を持つ懇乃介に、羽理はクスッと笑ってしまった。
「ところで……五代さんもこのお近くにお住まいなんですか?」
杏子の言葉にみんなして『確かに!』と思ったと同時、懇乃介が「まさか!」と言い放った。
「たまたま市報を眺めてたら居間猫神社のお祭りが今日あるって書かれてたから来てみただけですよ。僕の家はここから電車で二駅は離れてます」
「五代、お前そんなに祭りが好きだったのか」
懇乃介の言葉に羽理をギュッと腕の中へ抱き寄せたまま、大葉が問い掛けたのだけれど。
「え? お祭りはそんなに好きってわけじゃありませんよ? ただ……」
そこまで言って大葉に包み込まれた羽理をじっと見つめると、ワンコがにっこり笑って続けるのだ。
「荒木先輩は猫がお好きじゃないですか♪ 居間《《猫》》神社って書いてあったから、もしかしたらお会いできるんじゃないかなって思っただけだったんですけど……ビンゴでしたねー♪ 実は俺、前に荒木先輩がここの御守をお財布に付けてらしたの見たことがあるんですよ」
この辺の行動力と観察眼の鋭さが、懇乃介が営業向きだと思える所以なんだよね……と羽理が感心したと同時、「お、お前は羽理のストーカーか!」と大葉が羽理をますます深く抱き込んで、懇乃介の視界から遠ざけてしまう。
「もぉ、大葉苦しいです」
大葉のヤキモチを可愛らしく思いながらも一応に抗議して、羽理は懇乃介に向き直った。
「ここの神社ね、縁結びの力が凄いの。五代くんも素敵な出会いがあるよう、私たちとお参りしていかない?」
羽理の言葉に大葉が「おい、羽理!」と慌てたと同時、「私ね、ここの御守のお陰で大葉と結婚出来ることになったの」と続けて大葉の左手に自分の指を絡めると、きらりと光るペアリングを懇乃介に見せつけた。
「五代くんにもきっと、私たちみたいにかけがえのない相手が出来るって信じてる」
羽理の言葉に、大葉が「羽理っ」と感極まって、懇乃介が「荒木先輩。俺にはもう、絶対に脈はありませんか?」と眉根を寄せる。
羽理はそんな懇乃介にコクッとうなずいてみせると、「私、大葉以外の人を好きになれる気、しないから」と、なんの迷いもなく言い放った。
羽理の真っすぐなまなざしに、懇乃介は一瞬だけグッと唇を噛んでから、「屋久蓑副社長、荒木先輩。俺も……お二人の結婚式には招待してくださいますか?」とちょっぴり悲しそうな顔をして微笑んだ。
大葉がそんな懇乃介に「もちろんだ」と存外穏やかな気持ちで答えられたのは、きっと羽理の揺るぎない言動のお陰だろう。
***
「でね、仁子。ここからが重要なんだけど」
羽理がひそひそと声を低めてすぐ横を歩く仁子に切り出すと、
「ここの神社に住まう猫ちゃんに会ったら、美味しい食べ物をあげるんです」
同じく仁子を挟むように反対側を歩いている杏子が続けて、大葉が「その後で猫っぽい婆さんから縁結びの御守を買ったらな、気になる相手へ二つあるうちの片割れ猫をもぎ取って渡すんだ。そしたら多分、信じらんねぇことが起こる」とククッと笑った。
「あ。そういやぁ詳しく聞いてなかったが、岳斗たちにももちろんあったよな?」
何が、とは告げずに羽理と仁子の頭を越えた先にいる杏子と岳斗を見詰めたら、杏子がぶわりと真っ赤になって、岳斗が「あ、あれは……何でお風呂場なんですかね?」と苦笑してみせる。
それで確実に杏子と岳斗の身にも、自分たちと同じ現象が起こったと確信した羽理と大葉だったのだけれど――。
「何の話なんですかぁ~」
仁子のスポーツバッグを携えたまま、四人の後ろをぴったりとくっ付いて歩いている懇乃介が仲間外れはイヤだとばかりに抗議の声を上げた。
そんな懇乃介に「五代くんにもそのうち分かる日がくるから」とにこやかに微笑みながら振り返った羽理は、懇乃介の背後へニョキッと現れた大きな人影に瞳を見開いた。
(筋肉マッチョの巨漢!)
思わずそう思ってしまった相手は、グレーのTシャツに黒のスリムパンツを履いたお洒落な男性だった。シンプルコーデが、引き締まったバランスの良い筋肉を際立たせている。年齢は大葉より少し上ぐらいだろうか?
手荷物と思しき有名メーカーのロゴが入ったスポーツバッグを、周りの人にぶつけないよう気を付けているのだろう。胸前で赤ちゃんを抱っこするみたいに立て抱きにしている姿が強面顔とアンバランスで何となく可愛らしい。もしかすると仁子同様ジム帰りだろうか。
羽理がじっと自分の背後を見ているのに気が付いた懇乃介がつられたように後ろを振り返って、「あ……」とつぶやいた。
「華南部長」
懇乃介の呼び声に背後の男性より早く仁子がビクッと肩を跳ねさせる。
「ああ、キミは確か営業課の……」
「五代懇乃介です」
振り向いて話しているせいで、人混みに押されてヨロリとよろめき掛けた懇乃介を筋肉質な腕が背後から片手で難なく支えると、「キミもジム帰りかね?」と聞いて、すぐさま『おや?』と小首を傾げた。
「けど、その鞄……」
華南部長……こと華南謹也がつぶやくより早く、仁子がサッと懇乃介から荷物を奪い取った。
実感を伴ったその事実を失念していない岳斗は、今から羽理と大葉が入籍をすると言っていたことを思い出して、懇乃介の好意の矛先が、既婚者よりはハードルが低かろう自分の恋人へ向くことがないようしっかりと牽制しておく。
「なんか四面楚歌なんですけど!」
文句を言いながらも、しっかりと仁子の鞄を持つ懇乃介に、羽理はクスッと笑ってしまった。
「ところで……五代さんもこのお近くにお住まいなんですか?」
杏子の言葉にみんなして『確かに!』と思ったと同時、懇乃介が「まさか!」と言い放った。
「たまたま市報を眺めてたら居間猫神社のお祭りが今日あるって書かれてたから来てみただけですよ。僕の家はここから電車で二駅は離れてます」
「五代、お前そんなに祭りが好きだったのか」
懇乃介の言葉に羽理をギュッと腕の中へ抱き寄せたまま、大葉が問い掛けたのだけれど。
「え? お祭りはそんなに好きってわけじゃありませんよ? ただ……」
そこまで言って大葉に包み込まれた羽理をじっと見つめると、ワンコがにっこり笑って続けるのだ。
「荒木先輩は猫がお好きじゃないですか♪ 居間《《猫》》神社って書いてあったから、もしかしたらお会いできるんじゃないかなって思っただけだったんですけど……ビンゴでしたねー♪ 実は俺、前に荒木先輩がここの御守をお財布に付けてらしたの見たことがあるんですよ」
この辺の行動力と観察眼の鋭さが、懇乃介が営業向きだと思える所以なんだよね……と羽理が感心したと同時、「お、お前は羽理のストーカーか!」と大葉が羽理をますます深く抱き込んで、懇乃介の視界から遠ざけてしまう。
「もぉ、大葉苦しいです」
大葉のヤキモチを可愛らしく思いながらも一応に抗議して、羽理は懇乃介に向き直った。
「ここの神社ね、縁結びの力が凄いの。五代くんも素敵な出会いがあるよう、私たちとお参りしていかない?」
羽理の言葉に大葉が「おい、羽理!」と慌てたと同時、「私ね、ここの御守のお陰で大葉と結婚出来ることになったの」と続けて大葉の左手に自分の指を絡めると、きらりと光るペアリングを懇乃介に見せつけた。
「五代くんにもきっと、私たちみたいにかけがえのない相手が出来るって信じてる」
羽理の言葉に、大葉が「羽理っ」と感極まって、懇乃介が「荒木先輩。俺にはもう、絶対に脈はありませんか?」と眉根を寄せる。
羽理はそんな懇乃介にコクッとうなずいてみせると、「私、大葉以外の人を好きになれる気、しないから」と、なんの迷いもなく言い放った。
羽理の真っすぐなまなざしに、懇乃介は一瞬だけグッと唇を噛んでから、「屋久蓑副社長、荒木先輩。俺も……お二人の結婚式には招待してくださいますか?」とちょっぴり悲しそうな顔をして微笑んだ。
大葉がそんな懇乃介に「もちろんだ」と存外穏やかな気持ちで答えられたのは、きっと羽理の揺るぎない言動のお陰だろう。
***
「でね、仁子。ここからが重要なんだけど」
羽理がひそひそと声を低めてすぐ横を歩く仁子に切り出すと、
「ここの神社に住まう猫ちゃんに会ったら、美味しい食べ物をあげるんです」
同じく仁子を挟むように反対側を歩いている杏子が続けて、大葉が「その後で猫っぽい婆さんから縁結びの御守を買ったらな、気になる相手へ二つあるうちの片割れ猫をもぎ取って渡すんだ。そしたら多分、信じらんねぇことが起こる」とククッと笑った。
「あ。そういやぁ詳しく聞いてなかったが、岳斗たちにももちろんあったよな?」
何が、とは告げずに羽理と仁子の頭を越えた先にいる杏子と岳斗を見詰めたら、杏子がぶわりと真っ赤になって、岳斗が「あ、あれは……何でお風呂場なんですかね?」と苦笑してみせる。
それで確実に杏子と岳斗の身にも、自分たちと同じ現象が起こったと確信した羽理と大葉だったのだけれど――。
「何の話なんですかぁ~」
仁子のスポーツバッグを携えたまま、四人の後ろをぴったりとくっ付いて歩いている懇乃介が仲間外れはイヤだとばかりに抗議の声を上げた。
そんな懇乃介に「五代くんにもそのうち分かる日がくるから」とにこやかに微笑みながら振り返った羽理は、懇乃介の背後へニョキッと現れた大きな人影に瞳を見開いた。
(筋肉マッチョの巨漢!)
思わずそう思ってしまった相手は、グレーのTシャツに黒のスリムパンツを履いたお洒落な男性だった。シンプルコーデが、引き締まったバランスの良い筋肉を際立たせている。年齢は大葉より少し上ぐらいだろうか?
手荷物と思しき有名メーカーのロゴが入ったスポーツバッグを、周りの人にぶつけないよう気を付けているのだろう。胸前で赤ちゃんを抱っこするみたいに立て抱きにしている姿が強面顔とアンバランスで何となく可愛らしい。もしかすると仁子同様ジム帰りだろうか。
羽理がじっと自分の背後を見ているのに気が付いた懇乃介がつられたように後ろを振り返って、「あ……」とつぶやいた。
「華南部長」
懇乃介の呼び声に背後の男性より早く仁子がビクッと肩を跳ねさせる。
「ああ、キミは確か営業課の……」
「五代懇乃介です」
振り向いて話しているせいで、人混みに押されてヨロリとよろめき掛けた懇乃介を筋肉質な腕が背後から片手で難なく支えると、「キミもジム帰りかね?」と聞いて、すぐさま『おや?』と小首を傾げた。
「けど、その鞄……」
華南部長……こと華南謹也がつぶやくより早く、仁子がサッと懇乃介から荷物を奪い取った。