あのっ、とりあえず服着ませんか!?〜私と部長のはずかしいヒミツ〜
 羽理は大好きな大葉(たいよう)のバリトンボイスにビクッと肩を跳ねさせて真っ赤になってしまう。それと同時、足元のキュウリが「ワン!」と吠えて、大葉(たいよう)に『お父さん、いい加減にしなさい!』と抗議した。

「そういやぁオクラ、帰ったら出てくるかな?」
 家からは出さないので屋内にいるはずなのに、いつもキュウリと一緒にいるはずのオクラが、今朝は出がけにいくら探してもいなかった。
 もしかしたら今日は朝から子供達の初宮参りの支度(したく)でバタバタしていたから、雰囲気に気圧(けお)されたのかもしれない。
 首に巻きつけた、赤いリボンにくっ付いているはずの鈴も、チリンとも鳴らなかったからどこかに入り込んで眠っているのかも?
 猫というのはそういうところのある生き物だと知っている羽理は、心配する大葉(たいよう)に、「朝、ご飯はちゃんと食べに来ましたし、きっと大丈夫ですよ」と微笑んだ。
 そうしながら、実際は自分自身オクラのことが結構気になっている。
「きっと、今頃家でひとりくつろいでますよ」
 大葉(たいよう)に返答しながら、羽理は自分に言い聞かせた。


***


 御祈祷(ごきとう)をお願いしていた時間が近くなり、みんなで連れ立って社務所へ行くと、今まで外観を眺めるばかりで足を踏み入れたことのなかった拝殿(はいでん)へ通された。
 拝殿の中には若い巫女(みこ)がひとり待っていて、「ようこそいらっニャいました」とやや吊り気味の目を細めて微笑み掛けてくる。
(この巫女さん、何か既視感あるな)
 彼女が動くたび、微かにチリンチリン鳴る鈴音(すずおと)にも耳馴染みを覚えるのは気のせいだろうか。
 そんなふうに思った大葉(たいよう)だったけれど、どう考えても初対面の相手だ。
「《《キュ》》……ワンちゃんもご一緒で問題ニャいですよ」
 あらかじめ電話で初宮参りの祈祷予約をした際、愛犬(キュウリ)も一緒にいていいというお許しはいただいていたものの、本当に拝殿の中まで連れて入ってもよいものだろうか? と迷っていたので、キュウリを見るなりそう言ってもらえてホッとする。
 キュウリも、自分を認めてもらえたことが嬉しかったんだろうか。
 やけに《《親しげ》》に巫女へ向けて尻尾を振るのだ。
(なんかこの反応、《《家族にするのと一緒》》だな)
 大葉(たいよう)がそう思ってしまうくらい、やけにフレンドリーな態度を取るキュウリに、羽理も大葉(たいよう)と同じように思ったらしい。
大葉(たいよう)、キュウリちゃん、もしかしてあの巫女さんと顔見知りですか?」
 こそっと大葉(たいよう)に耳打ちするように尋ねてきた。
「いや、そんなはずはないんだが」
 自分だってあの若い巫女さんとは初対面なのだ。ウリちゃんが顔見知りなはずはないと首を(かし)げていたら、後ろから果恵(かえ)に「貴方と羽理(うり)ちゃんは真ん中ね」と声を掛けられる。
 参拝者の中には足が悪い人もいるからだろう。
 畳の上へ緋色の毛氈(もうせん)が敷かれ、その上に椅子がきちんと整列されて並べられていて、(何だか和洋(わよう)折衷(せっちゅう)だな)と思った大葉(たいよう)だ。

 拝殿奥にある別棟の建物・本殿との間を(へだ)てる場には拝殿内にある階段を数段登る形で 幣殿 (へいでん)――供物(くもつ)を供える場――があって、御幣(ごへい)(さかき)、お神酒(みき)などが(まつ)られていた。真ん中にある丸い鏡は、神が宿るための依代(よりしろ)だろうか。他所で見慣れた神鏡と違って、上部に猫耳のような三角の小さなでっぱりが二つ付いているのが如何にも〝居間猫(いまねこ)神社〟っぽい。

 先程の若い巫女が、大葉(たいよう)たちが渡した初穂料(はつほりょう)の入った熨斗袋(のしぶくろ)三方(さんぽう)へ載せて(ささ)げ持って来て、静々と階段を上がり、幣殿の中央へ供えた。
 彼女が動くたび、微かに鈴の()が鳴る。
「なんかオクラの鈴に似た音ですね」
 大葉(たいよう)の右横、すやすや眠る頼地(らいち)を抱いた羽理がそっと夫の方へ顔を寄せるとひそひそと(ささや)いた。
 大葉(たいよう)の腕の中からじっと自分を見つめる鈴桃(すもも)(ほほ)をやんわりつついて「スモちゃんもそう思いますか?」と問いかける。

「ようこそお参りくださいニャした」
 そこで恰幅の良い年配の女性神主(かんぬし)が入ってきて、一堂に向かって礼をするから、鈴の話はそこで頓挫(とんざ)した。


***


羽理(うり)ちゃん、大葉(たいよう)、私たちはこのあと用があるから先に出るわね」
「またみんなで遊びにおいで」
 一連の御祈祷(ごきとう)が終わって大葉(たいよう)の両親・屋久蓑(やくみの)果恵(かえ)聡志(さとし)夫妻に声を掛けられた羽理が、「今日は有難うございました!」と頭を下げたと同時、「最後にもう一度だけ」と、双子へ手を伸ばしてきた土井恵介社長が、「ほら、お兄ちゃんも帰るわよ!」と妹――果恵――に引きずられて出て行った。

「慌ただしいな」
 苦笑とともにそんな身内を見送りながら大葉(たいよう)とふたり、羽理はおそらく《《顔見知り》》のおばあちゃん神主(かんぬし)に挨拶したくてあえて残っていたのだけれど――。

「さすが《《わしが縁を結んだ》》二人の子供たちだ。本当(ほん)に可愛いのぉ」
 あちらも気付いてくれていたんだろう。先程の若い巫女(みこ)を従えて、おばあさん神主が近付いてくる。
「やっぱり御守屋(おまもりや)のおばあさんですよね!? ここの神職さんだったんですね」
 羽理が興奮気味に前のめりになったら、おばあさんが「うーん。神職とはちょっと違うニャ」とつぶやいて、意味深に微笑(わら)う。
「ここの宮司(ぐうじ)は別にいるかニャな」
「え? 別……? 俺はちゃんと居間猫(ここの)神社に電話して初宮参りの申し込みをしたはずなんだが……」
 大葉(たいよう)が「わけが分からない」とつぶやいて眉根を寄せるのを見て、おばあさんが笑みを深めた。
「電話ニャんてもんはちょちょいのちょいで操作できるわニャ。社務所の方もわしの管理下ニャから」
「操作?」
 羽理も大葉(たいよう)とふたり、意味が分からなくて首を傾げたら、
「まぁアンタらは特別ニャからね。わしが直々に加護を授けたかったんよ」
 得意そうにおばあさんがにたぁーと口元を歪めて満面の笑みを浮かべる。
 その顔はまるで羽理にとっての「焼き鳥の猫ちゃん!」であり、大葉(たいよう)にとっての「チェシャ猫!」だった。
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