原田くんの赤信号
 それにしても、あの秀才の福井くんより、原田くんの方が点数が上だとは。それはやはり、おかしい気がする。
 原田くんという人間は、言葉を選ばずに言えば『馬鹿』だったはずなのに。

 ひょっとして原田くんは『頭の良いしつこい変な人』だったのか?


「ねえ美希ちゃん。原田くんって、やっぱり変」

 その日の放課後。美希ちゃんの家。

「またなにかあったの?」
「今日の英語の小テスト、満点取ってた」

「え!!」と驚いた美希ちゃんは、飲んでいたコーヒーを口から数滴零していた。

「あ、あの原田翔平が!?うっそだー!カンニングでもしたんじゃないの!?」
「うーん、でもカンニングするような人だったら、入学当初からずっと点数良いはずじゃない?」
「確かに……」
「変だよね」
「変っていうか……魔法使いかよって感じ」

 魔法使い、か。


 美希ちゃんのお母さんの手作り菓子はいつも絶品で、今日も香りだけで食欲唆るクッキーを、部屋まで運んで来てくれた。

 つまむと指先が温かい。
 わたしはそのクッキーの表裏を確認すると、口に入れた。溶けていく甘み、最高だ。

「バレンタイン。こんな風にうまく作れるかなあ」

 原田くんがやたらとバレンタインデーの日にちを連呼するから、わたしの脳にもべたりと張り付いてしまった。
 まだ一ヶ月も先の、二月十四日が。

 くるくるくるくる。
 クッキーの出来栄えをチェックするわたしに、美希ちゃんは聞く。

「瑠美ってば、手作りする気なの?」
「できればそうしたいなあ。でもお菓子作り、自信ないなあ……」
「そっかあ」
「美希ちゃんはバレンタインデー、誰にもあげないの?」
「あげるよ、お父さん」
「身内じゃなくてっ」

 今年のバレンタインデーは日曜日。
 福井くんを高校まで呼び出すか、それともどこかのカフェや公園へ来てもらうか。それか……

 顔見知りの誰ひとりにだってその現場を見られたくないわたしの頭に、ピコンと突然思い浮かんだとある場所。

「ねえ美希ちゃん、福井くんの家って知ってる?」

 それは、福井くんの自宅だ。

「福井斗真の家〜?知らないなあ」

 けれどその場所へ行くのには、福井くんの家の場所を突き止める必要がある。

「そうだよね、知らないよねえ……」
「あ、でも福井斗真と仲の良い男子なら知ってるんじゃない?それこそさ、原田翔平とか」
「原田くん?」
「だって原田翔平は瑠美の気持ちを知ってるんでしょう?そんなのこそっと教えてくれてもいいと思わない?いくら彼のお薦めじゃなくたってさ」

 名案を思いついたかのように、美希ちゃんはどこか得意気だ。わたしはそんな彼女にひとつ、思ったことがある。

「ねえ。原田くんにわたしの好きな人を教えたのって、まさか美希ちゃんじゃないよねぇ?」

 今度の美希ちゃんは、数滴なんかではなく、勢いよくコーヒーを吹き出した。

「な、そんなことするわけないじゃん!」
「本当?」

 わたしの視線を避けるように、美希ちゃんは箱ティッシュに手を伸ばす。
 美希ちゃんの瞳の奥を数秒かけて凝視したわたしは、その嘘偽りのない純なふたつに、「疑ってごめん」と謝罪した。
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