原田くんの赤信号
「瑠美、行かないで」

 言葉を失うほど衝撃的だったのは、原田くんの次の行動。

「お願いです。福井のところに行かないでください」

 地面にひざをつけた原田くんは、まるで神様を前にしたかのように、命乞いでもするかのように。

「瑠美、頼む。行かないでっ……」

 土下座をしてまで、わたしに頼みこんだんだ。

 頭が束の間真っ白になり、そして色を取り戻した時、わたしは悪いことをしている気分になった。

 何も悪いことをしていない原田くんが頭を下げるのは、すごく胸が締め付けられることだった。まるで、わたしが土下座を強要したような感じがして、自分が悪者みたく思った。

 飲み込みにくい唾。
 それを懸命に喉へと押し込み、わたしは声を出す。

「原田くん、やめてっ」
「じゃあ行かないでっ!」

 今は二月。吐く息も白く、凍てつく季節なのに、自身の体温よりもっともっと冷たい地面に額をつけている原田くんが、可哀想に見えてくる。

「原田くん、もうやめてっ」
「瑠美が行かないって言うまでやめないっ」

 原田くんは、やっぱり変な人だった。

「お願いだから、そんなことしないでっ」
「じゃあ行かないで!」

 わたしの常識では考えられないことをしてくる、変な人。

 原田くんがテストで満点を取ったのも、天気を的中させたのも、福井くんのブロックでほぼ得点を決めたと断言したのも、全部全部、わたしの予想の範囲外だった。
 そして、この土下座ももちろんわたしの想定外。こんな経験、人生で初めてだ。

「原田くんお願い、頭を上げて」

 いつまで経っても変わらぬ体勢の原田くんに寄り添うように、わたしもひざを曲げて、彼と目線を近づけた。

「どうしてそんなことするの、原田くんっ。土下座なんか、わたしにしないでよっ……」

 原田くんの肩を揺さぶりそう言うと、ゆっくりと持ち上がった彼の顔。それは先ほど見せてくれた穏やかな表情から一転、憂いに満ちていた。

「じゃあ福井の家、行かないでいてくれるの?」

 そう聞かれ、胸が痛くなる。

 それはごめん。ごめん原田くん。

「ううん、行く」

 これはもう、ずっと前から決めていたことなんだ。そのためにラッピングの買い出しへ行って、昨日は美希ちゃんの家でバレンタインデーのチョコレートを作った。
 どこにも、何もこの計画を止める理由などないのだから。

「わたしは行くよ、福井くんの家に。これはもう、変えられないの」

 この時のわたしは、ただ意地を張っていただけなのかもしれない。
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