原田くんの赤信号
 痛んだ胸へ、更に刃物で刺されたような激痛が走ったのは、原田くんの瞳から涙が溢れ落ちたから。

「う……うぅっ……」

 ズキンズキンと、鼓膜のすぐそこまで心臓の悲鳴が聞こえてきて、わたしの目からも、原田くんと同じものが溢れ落ちてしまいそう。

「くっそ……!」

 悔しそうに、残念そうに、声を殺して泣く原田くん。

 丸い背中で地面にうつ伏せる原田くんを前にしていれば、わたしの頭には、あの日の記憶がよみがえってきた。
 秋口に、赤い目の原田くんの髪を撫でた、あの日の記憶。

 わたしはあの日と同じように、原田くんの頭へ手を置いた。

「大丈夫、大丈夫だよ原田くん」

 子供をあやすように、ふわりとした口調を意識して。

「原田くん大丈夫、大丈夫だからっ。明るい未来を想像してっ」

 と、そう言った。

 以前はこれで落ち着いてくれたから、それを期待して、原田くんの頭を優しく撫で続けた。
 本当は、少し抱きしめたい気持ちにもなったけれど、それはやめておいた。

 原田くん、泣かないで。
 原田くん、泣かないで。

 そう願っていると、少しずつ呼吸が安定してきた原田くんが、双眸を乱暴に拭いながら顔を上げた。
 うつろな瞳でわたしを見て、こう零す。

「俺、もう瑠美の死ぬとこ見たくねえんだよ……」

 原田くんの言っていることは、解せなかった。

「俺、もう瑠美を死なせたくない、助けたいんだよっ……」

 死んだこともないわたしに「もう死なせたくない」と言ってくる原田くん。

 これはギャグだろうか。それとも変な人が発した、ただの変てこ発言だろうか。
 それにしてはつまらないし、笑えない。

「原田くん、なに言ってるの?わたし、死んだことないんだけど」

 とりあえずは、普通に返してみようと思った。

「わたし、生きてるんですけど」

 体をペタペタ触って「ほらね」と言ってみた。

 そんなわたしを表情一切変えずに見ていた原田くんは、再び溢れた涙を袖で拭い、ゆっくりと話し出す。

「今はね……今の瑠美は、生きてるよ……」
「うん、わたし生きてる」
「でもこれから死ぬ」

 でもこれから死ぬ。

 それは息つぎなく、早口言葉のような言い方だった。

「福井の家に行ったら、瑠美は死んじゃうんだよ」

 その瞬間、わたしの思考は止まってしまった。
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