原田くんの赤信号
原田くんとわたし
 長かった冬が終わり、木々の枝が可愛らしいピンクの蕾をつけ始める。
 わたしがこうして春の季節を迎えることができたのは、優しい原田くんのおかげだ。

 福井くんは、ホワイトデーの翌日月曜日に宣言通り、文房具セットを携えて登校した。
 数種類のノートに、五色ボールペンや蛍光マーカー。カラフルな付箋や無地のノートまで、幅広い様々なそれ等を、綺麗にラッピングまでしてくれていた。

「ありがとう、福井くん。かえって気を遣わせちゃって、ごめんね」
「そんなことないよ。瑠美のチョコ、美味しかったし」
「本当?よかったあっ」
「義理なのにわざわざ手作りしてくれるなんて、瑠美ってばお菓子作り好きなんだね」
「う、うん。アハハ……」

 ビターに笑い、事なきを得る。

 わたしの家の冷蔵庫には、バレンタインデーの日と同じ場所にまだ、赤い包装紙で包まれたチョコレートがある。もうとっくに賞味期限も消費期限も過ぎているだろうけど、そこから動かせずにいる。

「そういえば俺、前に原田から、変なこと言われたことがあったんだよね」

 教室の窓の向こう、まるで天国でも見るように、空の遠いところを見つめた福井くんは、ひとりごとのように呟いた。

「なんて言われたと思う?」

 かと思えば、わたしに投げかけられたそんな質問。わたしは特に考えもせず、こう答えた。

「わかんない」
「瑠美のことだよ」
「え、わたしのこと?」
「うん」

 原田くんが福井くんに話す、わたしのこと。

「うーん、わかんない」

 早く続きが知りたいから、わたしはまた、特に考えもしないで答えた。

 ちょっとは考えてよ、と笑いながらも、福井くんはその正解を教えてくれる。

「『お前は瑠美から何回チョコを貰えば気が済むんだよ』って、原田の奴、そう言ってきたんだ。『いい加減にしてくれよ』って。おかしいと思わない?瑠美からはまだなにも貰ったこともないし、バレンタインも全然遠い、クリスマス前にだよ?意味わからなくない?」

 ははっと笑いを逃し、首を傾げる彼。

「そうだね、意味わかんないね……」

 わたしは不意に出てくる涙が溢れ落ちぬようにと、空の高い場所を見た。
 悔しいほどに、青い空。きっと今夜の夕焼けも、悔しいくらい真っ赤に染まるのだろう。

「原田が目覚めたらその真相、聞いてみよっかなー」

 のんびりとした、福井くんの声だけど、その裏に隠れた悲しみは隠せない。

「いつまでも眠ってないで、早く原田の奴、目ぇ覚ませばいいのに」

 原田くんの瞼が閉じられてから一ヶ月。
 彼への想いが募っていく。
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