精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第11話 せめて私にできることを

 村は小さかったけど、広場は野犬の被害に遭っているとは思えないほど活気があった。

 アランから貰ったお金で買った露店のパンは、クロージック家で与えられていた食事よりも温かくて、美味しかった。買い物をしたお店の人と話すと、元気が貰えた。
 行き交う人々を見ながら、時間を気にせずボーッとできるのが新鮮だった。

 村の中心部から外れると、一面、耕された畑が広がっていた。畑仕事をしている村人たちの姿も、ポツポツ見られる。私の一番近くにいた中年女性は、手に持っている袋から何かを取り出し、畑に蒔いていた。

「種まきですか?」
「ああ、そうだよ。だけど、ここんとこ、作物の育ちがあまり良くなくてねぇー。無事育ってくれるといいんだけど」

 作業していた女性に声をかけると、特に私のことを不審がることなく、返事が返ってきた。多分、たくさん村人が訪れる村だから、慣れているんだろう。
 彼女の言葉を聞き、周囲を見回した。確かに、少し作物に元気がないように見える。

 野犬の被害もあるのに、作物の育ちも良くないなんて……
 
「精霊魔法で、土地に栄養を与えられないのですか? そうすれば、きっと作物も元気に実ると思うのですが……」
「<祝福(ブレス)>の精霊魔法のことかい? そういう力をお持ちなのは、クロージック公爵令嬢の聖女様ぐらいさ。まあそんな高貴な方が、わざわざこの村のために出向いてくれるとは思えないけどね」

 そう言っておばさんはため息をついた。
 クロージック公爵令嬢の聖女とは、マルティのことに違いない。まあ確かに、今のクロージック家なら、無償でこの村のために魔法なんて使わないでしょうけど。

 何故、マルティが聖女クラスの精霊魔法を使えるのかは分からない。だけど、何度も彼女のお供として連れて行かれた先で見た奇跡は、本物だった。

 マルティが土地に栄養を与える精霊魔法<祝福(ブレス)>を使うと、しおれていた作物がみるみるうちに力と輝きを取り戻した。さらに力を注ぐと、作物の成長し、花が咲いて実がなった。

 今でも正直、夢でも見ていたんじゃないかと思うくらい、現実離れした光景だったのを覚えている。

「それに、最近精霊魔法の具合が良くないんだよ。つい三十日前ほどかな? この国で精霊魔法が、突然使えなくなって大変だったのさ」
「え? そうなのですか?」
「おや、あんたは知らないのかい? ほとんどの人間が、精霊魔法を使えなくなったんだよ。もちろん、私もさ。あの時は、この村の明かりや火が一斉に消えて、驚いたよ! まあ、五日後には魔法が使えるようにはなったけど、今でも以前ほど効きが良くないね」

 三十日前といったら、丁度私が追放された時期。
 私が出ていった後に、起った出来事なのだろう。今まで旅暮らしで野宿が多く、街や村で休んでも、今日みたいに散策に出るということもなかったから、全く知らなかった。

 この現象は、バルバーリ王国全体で起っており、今でも魔法の効きが悪くて困っているらしい。

「それは……不安ですね」
「そうだねぇ。確か昔にも、同じようなことがあってね。あの時は三年間ぐらい、精霊魔法の効きが悪くて、困ったものだよ」

 その話は、私も知っている。

 確か二十五年前、今のように精霊魔法が上手く発動しなくなったらしい。バルバーリ王国内で、霊具を使った精霊魔法も、精霊に願いを叶えて貰う魔法も上手く使えず、三年もの間、色々と大変な思いをしたのだと、お父様から聞いた。
 
 今、何故か二十五年前と同じ現象が起っているみたい。
 そんな非常事態な中でも、マルティの魔法の凄さは健在で、様々な場所でその力を請われているのだという。

(私に、マルティのような力があれば……良かったのに)

 あの子の力ならば、目の前の作物だって、野犬の件だって、速やかに解決できただろうと思うと、少しだけ無能力な自分が惨めになった。

 でも何もできないのは、昔からだ。ここで義妹の力を妬んでも、誰も幸せにはならないわ。
 ならばせめて、私にできることを――
 
「じゃあせめて、無事作物が育つように祈っておきますね。すくすく育って、たくさん収穫できるようにって」
「ああ、ありがとうね。まあ相手は自然だからね。私たちも地道に頑張るわ」

 おばさんが笑いながら手を振ってくれるのに応えながら、その場を立ち去った。

 少し歩いて、畑全体が見える場所で足を止める。所々茶色い部分は、作物の成長が悪いところみたい。

 私は両手を組むと瞳を閉じ、朝と同じように祈った。

「……畑の作物が、元気になりますように。そしてすくすく育ち、たくさんの収穫物が、村人のお腹をいっぱいにしますように……」

 目を開く。
 何も変わっていない光景が広がっていた。

 私が何かの役に立てる日が……いつか来るのかしら?
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