精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第10話 セイリン村の危険

 セイリンの村に到着したのは、その日の昼頃だった。
 フォレスティ王国に一番近い村ということもあり、小さな村にもかかわらず、行き交う人々で賑わっていた。ここで休む旅人も多く、そういった人々を相手にした道具屋や屋台が並んでいて、道にはとてもいい匂いが漂っている。
 
「フォレスティ王国までもう少しだが、ここのところずっと野宿だったからな。急ぐ旅ではあるが、今日はここでゆっくり一泊すればいいじゃろう」

 ルドルフの提案により、今日はもう先を目指さず、村でゆっくりすることが決まった。
 
 アランとルドルフとは買い出しがあるからと別れ、私とマリアは一足先に宿屋に向かった。久しぶりのベッドに飛び込むと、少し固めだけど地面とは全く違う弾力が、とても気持ちいい。

 今日は、ぐっすり眠れそう。

 荷物の確認をしているマリアととりとめない話をしていると、アランとルドルフが戻ってきた。その表情は、少しだけ固い。

「おかえり、二人とも。何かあったの?」
「ああ。何でも街道に野犬の群れが出るらしくて、多くの旅人が被害にあっているらしい」

 野犬かぁ……
 クロージック公爵領内でも、毎年のように野犬による被害が発生していたっけ。

 野犬たちは群れで行動し、獲物として人間を襲うことがある。運良く襲撃を逃れられても、噛みつかれたことが原因で病気となり、死んでしまう場合もあるから、侮れない。

 さらに人の肉の味を知った野犬は人間しか襲わなくなり、さらに凶暴化するため、危険度がグッと上がるから恐ろしい。

 そんな危険な生き物が、街道をウロウロしているなんて……

 野犬の恐ろしさを知っているマリアが眉をしかめながら、アランに尋ねる。

「それじゃどうするの? 野犬が駆除されるまで待つ?」
「まあ俺たちは大丈夫だろうから、明日は予定通り出発しようかと思ってる。万が一、あの王子の気が変わって、エヴァを追っていたら危険だからね」

 そう言いながら、アランがチラッと私を見た。彼の言葉に、マリアもルドルフも、疑問を抱く様子なく頷く。

 確かに、愚かな姉を庇う心優しいマルティ、という見せ場を奪ったけど、だからといって殿下が腹立て、私を連れ戻して罰を与えようと追って来るなんて……あり得る。

 それにしても、野犬の危険性はアランだって知っているはずなのに、彼の表情に不安が全く見られないのは何故かしら? 
 アランの提案に対し、マリアやルドルフから反対意見が出なかったのも、何だか意外だった。

 皆は特に不安を感じていないみたいだけど、窓の外を歩く、小さな子どもとお母さんの姿が見た時、心に浮かんだ不安が思わず口を衝いて出てしまった。

「でも、この村で暮らす人は不安でしょうね……私たちは通り過ぎるだけだけど、ここの人たちは常に野犬の危険に脅かされてるんだから」

 もしかすると、さっきみたいな子どもが村の外に出て、襲われる可能性だってあるのだから。

「エヴァちゃんの言うとおりね。早く討伐されて、平和になるといいわね」

 私の気持ちの寄り添うようなマリアの言葉を最後に、部屋の中がシーンとなった。
 少しだけ暗くなった場の空気を変えようと、私は両手をパンッと打つ。

「そうそう、話は変わるけど、私も少しだけ村を見て回ってもいいかしら?」
「……特に変わったところのない村だよ?」
「でも、旅人相手の露店とかも出てるでしょ? 私、他の村や町に来たことないから、一度自由に散策してみたいの。駄目……かしら?」

 俯いて考え込むアランの前に立つと、両手を後ろで組み、彼の顔を覗き込む形で見上げた。目が合うと、彼は何故かウッと一瞬だけ声を詰まらせ、取り繕うように一つ咳き込む。そして、大きくため息をつくと、少し諦めたように微笑んだ。

「ま、まあ……小さな村だし、今のところ追っ手が迫ってきている感じもないし……」
「じゃあ、良いってことね?」
「ああ、行っておいで。せっかくあんな窮屈な屋敷から抜け出せたんだ。思い存分、羽を伸ばしてくるといいよ」
「やったー! ありがとう、アラン!」

 嬉しくて堪らない。

 今まで、追放後の資金のために、街でコッソリ働いてはいたけど、本当の意味での自由はなかったから。
 お店で自由に買い物をしたり、時間を気にせずにブラブラできるなんて、最高過ぎる!

「本当に一人で大丈夫? エヴァちゃん。何なら私も一緒に……」
「ううん、大丈夫よ。マリアだって疲れているんだから、部屋でゆっくり休んでて?」
「……分かったわ。でも気をつけてね? 知らない人に付いていっちゃだめよ? 後、ここの宿屋は<眠馬亭>だから、道に迷ったら近くにいる人に聞くのよ?」
「もー、マリアは心配性ね? 確かに私は世間知らずだけど、これでも二十二歳なのよ? 子どもじゃないのだから」

 不服そうにプクッと頬を膨らませてみたけど、すぐにこみ上げてきた笑いに変わってしまった。

 本当にマリアって、心配性なんだから。

 三人に見送られ、はやる気持ちを抑えながら、私は部屋を出た。
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