精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第129話 新たな精霊魔法

「それにしても、フリージアさんは何故イグニス陛下のご不調が、オドの減少だと分かったのですか? 私の予想が正しければ、フリージアさんにはオドの量が視えている、ということになりますが……」

 私がずっと抱いていた疑問を口にすると、ノーチェ殿下が少し企みを含んだような表情を浮かべられた。
 まるで、隠し持っていた何かを見せたくて仕方のないような顔をされている。

 精霊魔法の未来を語っていた時とは大違いだ。

「そのとおり。フリージアとレフリアには、人間がもつオドの量が分かるのです」
「とはいえ、感じ取るという程度での習得。本来エヴァさまがもつ力の足元にも及ばぬ、些末な技でございます」

 しゅ、習得⁉
 習得できるものなの、あれ‼

 とはいえ、アランもルドルフも、明らかに驚いた表情を浮かべているから、私だけが世間とずれているわけじゃないみたい。

 ノーチェ殿下から目で合図されたレフリアさんが、立ち上がる。きっちりとした妹さんとは違い、若干服装も着崩し、態度にラフさを感じさせる。

「ええっと……ノーチェ殿下と俺たちが渡っていたトウカ王国ってご存じですか? 東の方にある小さな島国なんで、あんまり知られてないかもですけど」

 確か、フォレスティ城に戻ってこられたノーチェ殿下とルドルフの会話の中で名前が出てきていたわ。

 周囲の反応も薄いから、一般的にあまり知られていない国みたいね。

 レフリアさんもこの反応は予想していたのか、ま、そうっすよね、と呟くと、説明を続けた。

「トウカ王国は、今でこそ精霊魔法が一般的になってるんっすが、昔から日常的にオドを使っていた国なんです」

 レフリアさんの説明によると、精霊魔法が一般的でなかった昔のトウカ王国の人々は、オドを使って自身に活力を与えたり自己治癒力を上げるなど、主に心身の健康を保つような使い方をしてきたらしい。

 中でも熟練した者だと、自分や他人のオドを感じ取ったり、視ることが出来るんだとか。

 精霊魔法は、オドで願いを精霊に伝える魔法。
 だからノーチェ殿下はトウカ王国に興味を抱き、精霊魔法の新たな発展に繋がるのではと、渡航された。

 オドと精霊魔法を研究する中で、フリージアさんとレフリアさんは、オドの量を感じ取る技を身につけたのだという。

「その結果が、先日見せて頂いたトウカ王国での成果とやらですかな?」
「そのとおりだ」

 ルドルフの言葉に、ノーチェ殿下が大きくうなずく。

「ずっと疑問だった。精霊は自身のマナを使って願いを叶えてくれるが、もしマナの代わりにオドを使った場合、どのような結果をもたらすのだろうかってね。だからトウカ王国の存在を知ったとき、手掛かりが得られるのではないかと思い渡ったわけだ。そして研究の末、精霊にオドを捧げることに成功した。それが先日、フリージアとレフリアが見せた精霊魔法というわけだ」

 なるほど。
 フリージアさんとレフリアさんの唱えた呪文が通常のものと違ったのは、そういう理由だったのね。

 でも普通、精霊にオドを捧げたらどうなるかなんて、疑問に思うもの? 精霊魔法を研究している方の着眼点は、私とはちょっと違うのかも。

「精霊にオドを捧げて分かったことは、人間のオドは精霊のマナと比べて力が強い。少しのオドを捧げただけでも、精霊たちは、今まで使っていた精霊魔法とは比べものにならないほどの効果を発揮してくれる。フリージアたちの精霊魔法が強力だったのは、そのためだ」

 ただし、精霊にオドを捧げるには、いくつかの条件がある。

 一つ目は、精霊魔術師であること。
 契約した上位精霊にしか、オドを受け取って貰えない。

 二つ目は、契約した上位精霊と深い絆を結んでいること。
 少なくとも、上位精霊と契約してから二年以上は経っていないと、オドを受け取ってもらえない。

 つまり新しい精霊魔法も、上位精霊が人間と契約したことによって生まれた副産物なのね。

 だけどオドを捧げた精霊魔法にも、危険はある。
 
 精霊に願いを伝える程度のオドなら、些細な量だから大丈夫だけれど、オドを捧げて精霊魔法を使おうとした場合、オドの減少量を見誤ってしまうと身体の不調を引き起こし、最悪命に関わる。

 イグニス陛下が、ソルマン王にオドを大量に奪われ、倒れられたように。

 チラッとアランを見ると、彼も難しい顔をしていた。
 だけど私たちの不安を感じ取ったのか、

「まあその辺のコントロールは、オドを感じられる俺たちが指導できるし、よっぽど無理しない限りは大丈夫っすよ」

と、レフリアさんが安心させるように笑った。

 説明を終えたレフリアさんが席に座ると同時に、ノーチェ殿下の声が響く。

「新たに生み出した精霊魔法は、ソルマン王との戦いに大きく貢献してくれるだろう。どう活用するかは、後ほど精霊魔法士長であるルドルフと、将軍であるウィジェル卿と詰めたいと思う」
「畏まりました」
「仰せのままに、殿下」

 名指しされたルドルフは、ノーチェ殿下を見つめながら胸の前に手を置きながら、私の隣に座る逞しい壮年の男性――ウィジェル卿は、組んでいた太い腕を解くと深々とお辞儀をした。

 ノーチェ殿下がもたらした、オドを捧げる新たな精霊魔法。
 私が使える精霊女王の力。
 そして、フォレスティ王国の力。

(それで、バルバーリ王国に勝利することができるのかしら……)

 相手は、未知なる力を使ってくる相手。
 精霊女王がもつ視えない世界の知識など当てにならないことは、三百年前から分かっている。

 今もこの瞬間、ソルマン王は新たな策を練っているはず。

 私たちが予想もしない策を――

「……エヴァ、大丈夫だ。信じて、俺たちを」

 優しい声とともに、そっと手を握られた。
 隣にいるアランが、私の不安を感じとってくれたみたい。こうして手を握られると、不思議と不安が解けていく。

 そう……ね。
 私が不安になっている場合じゃない。

 もう大切なものを奪わせないと、決めたのだから――

 アランの言葉に答えるように、強く手を握り返すと、微笑んで見せた。

 そんな中、

「さて。ここで一つ、自分の考えを皆に聞いて貰いたいんだが」
「兄さんの考え?」
「ああ」

 突然話を変えられ、アランが怪訝そうに訊ねると、ノーチェ殿下は大きく頷かれた。
 そして、皆が注目する中テーブルに肘をつき、両指をくっつけながら私たちを見つめ返すと、口角の片端を上げた。

「ソルマン王が人でありながら、何故あれほどの力を有しているかについての、自分なりの考察を、だ」
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