精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第130話 ソルマン王の正体

 私は咄嗟にアランと顔を見合わせた。
 
 ソルマン王が底知れぬオドを持つ理由や、精霊を視る目を持っている理由は不明だった。

 殿下はソルマン王と対峙したあの短い時間と情報だけで、その理由に辿り着いたというの?

 テーブルの下で繋いだ互いの手に力がこもる。

「話してくれ、兄さん」

 緊張した面持ちで、アランが殿下に続きを促した。
 あまりにも彼が真剣な表情をしていたからか、ノーチェ殿下は、あくまで自分の考察だと前置きした上で話始める。

「この世界には、様々な国が存在しており、国の数だけ王や皇帝という最高権力者が存在している。ならば……こうも考えられないだろうか?」

 細められた青い瞳が、視界に映る者たちを射貫く。

「精霊女王という存在が、エヴァ以外にも存在するという可能性をだ」

 この場にいる誰もが言葉を失った。

 ここにいる誰もが、精霊女王はこの世界にたった一人だという認識を持っていたに違いない。だからこそ、ノーチェ殿下の発言は衝撃が大きすぎた。

 そんな中、殿下の考察が続く。

「レフリアとフリージアからも報告を受けている。ソルマン王から感じられたオドと、エヴァから感じられるオドは、非常によく似ていたと。それに三百年前まで、精霊を視る目をもっていたのは、精霊女王とソルマン王だけ。偶然同じ能力をもっていたとは考えにくい」
「つ、つまり……兄さんはこう言いたいのか⁉」

 声を震わせながら、アランが問う。

「ソルマン王が、精霊女王ではないかって‼」

 だから膨大なオドをもち、精霊を視る目を持っているのではないかと――

 皆が言葉を失っている中、ノーチェ殿下の視線が私の方に向けられる。どうやら私に正解を求めているみたい。

 私は殿下を見つめながら、ゆっくりと首を横に振った。

「恐れながら殿下。精霊女王は皆さんのご認識どおり、この世界でたった一人しか存在しません」
「……そう、ですか」

 ノーチェ殿下が残念そうに、だけどホッとした様子で呟かれた。皆さんの口からも安堵した息が漏れる。

 皆が緊張を緩める中、私だけが速くなる鼓動を抑えられずにいた。
 首から背中にかけて、異様なほどの寒気が走っている。なのに、てのひらからにじみ出す汗が止まらない。

 アランから手を放すと、私は自身の身体を抱きしめるように両腕を掴んだ。私の行動に不信感を抱いたのか、心配そうにアランが私の顔を覗き込む。

「エヴァ、顔が真っ青じゃないか! どうしたんだ⁉」
「確かに、精霊女王は一人しか存在しない。だけど……殿下のお話を伺って私……思い出したの……」

 私の中にある遠い遠い昔の記憶が、ノーチェ殿下の発言をきっかけに紐解かれていく。

 果てしなく遠い昔、【世界】と大精霊たちから伝え聞いた話を――

「エルフィーランジュが産まれる前、【世界】が精霊王と呼ばれる存在を生み出そうとしていたことを。世界を存続させるため、精霊と自然のバランスが崩れた土地を蘇らせる役目を担わせるために、エルフィーランジュと同等の力を与えていた存在を」

 部屋にいる皆の視線が、今度は私に集中する。その表情は、ノーチェ殿下の考察を聞いたとき以上の驚きに満ちていた。

「ど、同等って……そいつも、精霊やオドを視る目を持っていたり、精霊を生み出せたりしたのか?」

 アランの言葉に、私は首を横に振る。

「確かにエルフィーランジュと同じ力を与えられていたらしいわ。だけど肝心の精霊を生み出すことができなかったの。だから彼に役目を担わせることは無理だった。だから後に、エルフィーランジュが造り出されたの」

 おぼろげだった記憶がハッキリしてくる。
 言葉にするにつれて、予想が確信へと変わっていく。

 その後、精霊王になり損なった魂は流転し、新たな命の形を得ていたはず。
 たとえ役目を果たせなくとも、生み出された魂には罪はないからと、世界に存続が認められて。

 言葉を発するために開いた唇は、震えていた。

「かつて【世界】が生み出そうとした精霊王の失敗作。恐らくそれが、ソルマン王の正体です」

 恐らくとは言ったけれど、確信している。

 あの男は、私と同じ――存在だ。
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