精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第155話 エピローグ③

 結婚式は無事終わった。
 夫婦となった私たちのお披露目ということで、フォレスティ城の広いバルコニーにいる。

 目下には、この日のために集まってくださったフォレスティの民たちが見えた。

 王都だけでなく、国中から人々が集まっているらしく、城下町はお祭り騒ぎになっているみたい。

「凄い人ね」

 アランに話しかけると振っていた手を止め、こちらを見ながら頷いた。

 式中、何故か合わなかった目は、今はちゃんと合っている。

「そうだね。でもこんなに大掛かりな式にしなくても良かったのに……ノーチェ兄さんのやつ……」

 アランはどこか不満そうにブツブツ呟いている。
 
 今回の結婚式は、ノーチェ殿下が率先して準備をなされたらしい。
 それも、かなりの張り切りようだったとか……

 この後は、馬車に乗って王都をまわったり、来賓への挨拶や食事会などもあり、夜まで予定が詰まっている。
 
 そのせいで私もアランも、山ほど衣装を着替えなければいけないし……

 これからが本番と言えるかもしれない。

 とはいえ、アランの妻になった私の初仕事だもの。
 彼に恥をかかせないよう、頑張らないと!

 そう心に活を入れる私とは正反対に、アランは何だか心配そう。

「エヴァ、大丈夫? 疲れてない? ごめん……ノーチェ兄さんが、俺たちのことをたくさんの人たちに見て貰いたいからって、この後も予定を山ほど入れてて……」
「大丈夫よ、ほら私、体力には自信があるから! それにしても殿下、結婚式が始まる前から、泣いていらしたわね? アランが結婚するのが、凄く嬉しかったのね」
「ああ……あれね。そういうのじゃなくて……」

 眉間に皺を刻みながら、祝いの場とは思えない重すぎるため息が、アランの口から吐き出された。

「……精霊女王と初代国王が三百年の時を経て、同じ場所で結婚式を挙げることに感動してたんだってさ。もうあそこまでいくと、病気だよ……」
「そ、そうだったのね……」
「俺の希望としては、式はエヴァと二人っきりで挙げたかったし、あんな馬鹿でかい領地じゃなく、辺境の地で静かに暮らしたかったんだけど、さすがにそこはイグニス兄さんも黙ってなくてさ……しまいには、エヴァのための結婚式だって、義姉さんにまで言われるし……」

 彼の希望が全く叶っていなくて、苦笑してしまった。
 でも仕方ないわ。

「もうそんなことを言える立場じゃないでしょ? これから陛下や殿下と共に、この国を動かしていくのだから」
「分かってるけど……俺は諦めてないからね。いつか辺境の静かな土地で、エヴァと二人で暮らすこと」
「ふふっ」

 アランの諦めの悪さに、思わず笑いが漏れてしまった。

 でも、いい加減だとは思わない。

 だって、私の前だからこそ見せてくれる姿だって知っているから。
 こんなことを言いながらも、アランが国の未来を真剣に考えていることは、傍にいる私が一番よく分かってる。

 フォレスティ王国はこれから、ますます発展していくわ。

「エヴァ」
「何?」
「ごめん、ずっと言えなかったんだけど……」

 不意に呼ばれ、私はアランと目を合わせた……つもりだったのだけど、何故か目が合わない。

 気のせいかと思い、彼の顔を覗き込もうとしたけれど、何だか難しそうな表情を浮かべたアランに避けられてしまった。

「……アラン?」

 挙動不審な態度が気になり声をかけると、アランは黒髪をわしわし掻きむしり、眉根を寄せながら強く双眸を閉じた。

 そして何度か深呼吸をすると、意を決したようにゆっくりと瞳を開くと、私を真っ直ぐ見据える。

「エヴァ、凄く……綺麗だ」

 その言葉に、今まで落ち着いていた心臓が、また激しく脈打ち始めた。火が吹きだしたんじゃないかと思うほど、顔が熱くなる。

 私を見るアランの瞳は綺麗で真っ直ぐで、さっきまでの落ち着きのなさが嘘みたい。このまま見つめ合っていたら、彼の言葉に心がかき乱されていることが見透かされそうで、今度は私が目を逸らしてしまった。

「マリアから事前に聞いていたんだ。花嫁姿のエヴァが凄く綺麗だから、心の準備しておくようにねって」
「う、嘘! 変に期待させたくなかったから、アランには言わないでって言ったのに! もうっ、マリアったら……」
「確かに、マリアの忠告は無駄だったかもね。俺もそう言われて心の準備はしていたつもりだったんだけど……どれだけ心の準備をしても足りないぐらい、俺の花嫁は――」

 彼の手が伸び、私の頬に触れる。

「――美しかったから」

 愛おしさに満ちあふれた青い瞳と、優しい言葉が、私の頭の中を真っ白にする。

 も、もう恥ずかしすぎて、アランの顔が直視できない。
 夫婦になったというのに、真っ直ぐ愛情を伝えられると、今だに片想いしていた時と同じ心の反応をしてしまう。

 何も変わっていない。

 あなたに恋をしていた、あの頃の私と――

 だからこそ、ちょっと悔しい。
 あなたはいつも、余裕そうだから。

「そ、そんな、お、大袈裟すぎるわ。あ、アランだって本当に素敵よ?」
「そうかな?」
「そうよ! だって素敵すぎて結婚式の間、あなたを直視できなかったくらいだったし……」
「えっ?」
「私、全然あなたと目を合わせようとしなかったでしょう? 気づいてなかったの?」

 結婚式の間、自分の心を守るために、あからさまに視線を逸らしてしまった場面もあったから、アランも気づいていると思っていたのだけれど。

 アランは、私の言葉を聞くや否や、気まずそうに視線を逸らした。代わりに、横から見える彼の頬や耳が、みるみるうちに赤くなっていく。

「い、いや……俺も結婚式の時、エヴァがあまりにも綺麗すぎて、目を合わせられなかったから……今まで守っていたものが派手に崩れてしまいそうで……」

 崩れるって何が⁉

 そういえば結婚式中、アランと全然目が合わなかったのが不思議だったけど、まさか同じ理由だったなんて……

 恋してたときから変わっていないのは、アランも一緒なのね。

 恥ずかしさを忘れ、私は声をあげて笑ってしまった。
 アランもつられて笑い出す。

 笑い声は次第に小さくなり、やがて静かになった。
 代わりに、互いの視線が繋がる。

「エヴァ、君はもう自由だ。過去からも前世からも……これから何がしたい?」

 彼の優しい問いかけに、私は少しだけ考えながら答えた。

「うーん……そうね。この国をもっと良くしたいし、精霊と人間が共存できる世界を目指したいわ。それに、色んな国に行って知らない景色や、そこで暮らす人々も見たい。そういえば、最近美味しいお菓子のお店が出来たらしくて、そこにも行ってみたいわ」
「たくさんあるんだね」
「ええ、たくさん。ここでは言い切れないほどね」
「……俺が、叶えるよ。エヴァのやりたいこと全てね」
「ありがとう、アラン」

 本当の自由を手に入れた私には、やりたいことが山ほどある。
 それこそ、大きなことから些細なことまで。

 でもね――

「自由になって一番したいことは、あなたとこれから先、ずっと共に生きることよ」

 だって、傍にいたいと思ったあなたがいない世界に、留まる理由がないのだから――

「エヴァ……」

 掠れた声で私の名を呼ぶアランに向かって両手を伸ばすと、彼の頬を包み込んだ。

 少し潤んだ青い瞳に、私の姿が映る。

「今すぐは無理だけど、私たちがいずれ年老いて子どもたちに家を譲ったら、あなたの希望通り二人で静かな土地で暮らそうね」

 もう老後の話をしてるとか、気が早いかもだけど、彼の希望も叶えてあげたいものね。

 アランは目を丸くした。
 どこに驚く部分があったのかと不思議に思っていると、彼の口角が何かを企んでいるかのように上がり、唇が耳元へ寄った。

 熱い息と甘さを纏った声色が、ふわっと耳たぶにかかる。

「なら、早く実現するために今夜から頑張らないとな」
「頑張る?」
「俺たちの子どもに、家を継がせるんだろ?」

 子どもに家を継がせる…………………………あっ……

 とんでもないことを無自覚に口にしていたことを指摘され、思わず口を押さえて後ずさった。

 も、もちろん、夫婦になったからには、そうなるけれど……でもわざわざ言わなくても良くない⁉︎

 さっきまで顔だけだった熱が全身に回り、もう身体に留まらず、その周辺にも及んでいる気がする。

 さっきまで、過ごしやすい気候だったはずなのに!
 もしかして大精霊が私の周辺の気温だけ、あげたんじゃ――

『『エルフィーランジュ様、私たちは何もしておりませんが』』

 光と闇の大精霊の声が頭の中で聞こえたけど、律儀に返事しなくても、分かってるから!

 全部、私のせいだって‼

 明らかに戸惑い、慌てている私を見てアランが堪らず噴き出した。だけど意地悪な笑みは、すぐに私への愛おしさに満ちた微笑みへと変わる。

 さっきまでアランを直視できないと騒いでいたのに、今度は目を逸らすことができない。

 青い瞳が、私の視線だけでなく、心までとらえて離さない。

 差し伸べられた手をとり、その温もりを記憶と心に刻み込むように強く握る。

 そしてすぐ傍で響く、愛する人の声。

「……これからも笑っていて、エヴァ。今世だけじゃなく、命が尽きたその先も、ずっと俺の傍で……」

 見つめ合う私たちの距離が近づく。

「――愛してる」

 人々の歓声は、私たちの唇が触れ合った瞬間、聞こえなくなった。

 変わりに、今を生きる私たちの鼓動と息遣いが、重なり響く。

 私はこれから先、あなたとともに歩み生きていく。

 寄り添い、
 支え合い、

 同じ歩幅で――

 無数の精霊たちが私たちの未来を祝福するように、フォレスティの青空を金色に染めていた。
< 155 / 156 >

この作品をシェア

pagetop