精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第???話 いつかどこかの場所で

 見渡す限り、砂と石が広がる大地。
 すっかり乾いた地面には、無残に切り倒されて残ったと見られる木の根が、石のように硬くなって転がっている。

 自然が失われ死の土地となった故郷を、人々は茫然と見つめていた。
 若者の一人が、声を詰まらせながら呟く。

「どうして……こんなこと、に……」
 
 この国は、豊かな自然に目を付けた他国に侵略され、占領されていた。
 故郷を襲われた彼らは異国の地に連れていかれ、無理矢理働かされていたのだが、侵略国が倒されたことで解放され、故郷に戻ってきたのだ。

 しかし戻ってきた彼らを迎えたのは、占領されている間にあらゆる資源を奪われ変わり果てた、故郷の姿だった。

「この様子だと、精霊たちもおらんじゃろうな……」
「酷すぎる……世界の根幹たる精霊が、自然と深く関わっていると知りながら、よくこんなことができるものだ! 大昔、精霊を道具にして滅んだ国と、やっていることが同じじゃないかっ‼」

 足下の石を踏みつけながら、皆が怒りを口にする。

 大昔、とある国が、精霊を道具に閉じ込めて使役していた。しかし精霊の怒りを買ったその国は、精霊たちから見放されて土地が荒廃し、結果的に滅んだ。

 人々から名も忘れ去られた愚かな国が辿った末路は、今でも教訓として伝えられている。

 怒りを露わにしていた人々だったが、やがて口数が少なくなり、とうとう何も言わなくなった。

 ここまで徹底的に自然を破壊されては、自分たちの力ではもうどうしようもないことが、分かっていたからだ。

 だが、彼らの故郷はこの土地。
 他に行く宛はない。

 そんな時、

「どうしたの?」

 透き通った女性の声が、荒れた大地に響いた。

 人々が振り返った先にいたのは、深くフードを被った一人の女性だった。

 その姿に、皆が違和感を抱く。

 ここには日差しを遮る物がないため、フード付きのマントを身につけていることに何ら不思議はない。

 問題は、足。

 彼女は素足だったのだ。
 灼熱の太陽が降り注ぐ大地は、非常に熱い。少なくとも、素足で歩いてこられるような場所ではない。

 なのに彼女は裸足のまま、ゆっくりとこちらに近付いてきた。

「ここ凄く荒れている。一体何があったの?」

 何気ない問いかけに、一人の中年女性が憎しみを込めて答える。

「この国を占領していた奴等が、資源を根こそぎ持って行ったみたいでね。もうここには、何も残っちゃいない。せっかく故郷に帰ってきたというのに……」
「そう。つまりこの状況は、あなたたちの仕業ではないのね」
「当たり前だよっ‼」

 今まで押さえ込んでいた気持ちが限界を超えたのか、中年女性は声を荒げた。死の土地となった故郷を見回しながら、涙を浮かべる。

「私たちは遠い昔からずっと、精霊と自然を大切にしてきたんだ‼ それなのにあいつらは、たった数年で全てを台無しにした……こんなんじゃ……もう故郷を立て直せない……」

 女性の口から嗚咽が漏れたかと思うと、膝から崩れ落ちた。口元を押さえ、肩を震わせながら俯いている。
 乾いた地面にポツポツと滴が落ちたが、すぐに乾いて消えていく。

 ここにいる者たち皆が絶望する中、

「大丈夫」

 自信に満ちた強い声が、まるで一筋の光のように皆の心に届いた。

 フードを被った女性が、両手を胸の前で組んで俯いている。

 まるで、祈りを捧げるように――

 次の瞬間、人々は信じられない光景を目の当たりにした。

 女性の足下から、枯れ果てたはずの水が湧き出て、みるみる広がっていく光景を。

 乾燥していた地面が肥沃な土の色へと変わり、その土から緑の小さな芽が無数に現れる光景を。

 その芽たちが<祝福(ブレス)>の魔法をかけたようにすくすくと育ち、森へと姿を変える光景を。 

 夢でも見ているのかと思った。
 しかし、水の冷たさや湿った土、木々が揺れる音が、間違いなく現実だと伝えてくる。

 彼女は、池といえる広さとなった水源の中に立っていた。
 強い風のせいでフードがめくれ、隠れていた長い銀髪がたなびく。

 閉じていた瞳が開かれ、紫色の双眸が輝く。

 銀色の長い髪に紫の瞳。 
 それは、精霊がいなくなった土地に現れるとされる偉大なる存在の特徴と、よく似ていて――

「まさ、か……」
 
 人々が女性に駆け寄ろうとしたとき、銀色の切っ先が行く手を阻んだ。威嚇するような低い声が、皆の鼓膜を震わせる。

「……それ以上、彼女に近付くな」

 黒髪の男性が、女性と人々の間に割って入り、剣を突きつけていたのだ。
 突然どこからともなく現れた男性に、皆が驚き足を止めた。

 男性と人々の間に緊迫した空気が流れたが、銀髪の女性の笑い声がそれを破った。

「大丈夫よ。彼らはこの土地で暮らしていた人たち。土地が蘇ったことが嬉しくて、私の方に来ただけ」
「敵意がないことは分かっているが、万が一ということもある」
「ルゥは心配性ね」
「君が楽天的すぎるんだ」
「だって、何かあればルゥが守ってくれるでしょう?」

 あっけらかんと答える女性に、ルゥと呼ばれた黒髪の男性が呆れたようにため息をついた。
 しかし、村人たちと対峙していた時には強く結ばれていた唇は、どこか嬉しそうに緩んでいる。

 男性が手を差し出すと、銀髪の女性はその手を取り、引っ張り上げられるような形で岸へと上がった。

 水の中にあったはずの身体は、全く濡れていなかった。

「あっ、あなたたちは……」

 村人の一人が掠れた声で問うと、彼女は隣にいる彼を愛おしそうに見つめながら、少し誇らしげに口を開いた。

「彼はルヴァン。守護者であり私と悠久をともにする者。そして私は――」

 彼女が両手を広げると、黒と白の球体が現れた。
 その姿は、この世界の人々が崇め、祀っている女性像とよく似ていた。 

「精霊女王エルフィーランジュ」

 偉大なる存在である彼女は笑った。

 遙か遠い昔、愛する人から素敵だと褒められた美しい笑顔で――


 <了>
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