精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第18話 新婚夫婦のフリをしたら死にかけました

 私とアランは、手を繋いで検問場へ向かった。
 長蛇の列の最後尾に並ぶと、次々と私たちの後ろに新たな人たちが連なり、さらに列を長くしていく。とはいえ、全く前が進まないというわけでもなく、順調に私たちは検問場へと近付いていった。

 だけど、

(い、今は別に、手を繋いでいる必要ない……わよね?)

 ここはまだ、検問場からそこそこ離れた場所。なのに、アランはずっと私の手を繋いでいる。

 彼と話をしながら気持ちを逸らしてはいるけれど、どうしてもこの手を包み込む温もりが気になって仕方ない。アランが手を握り直す度に、今、大好きな人と手を繋いでいるという実感が湧いて、心の中で悶絶してしまう。

 手汗、かいてないよね?

 とうとう我慢できず、私は彼にコッソリ耳打ちした。

「あ、アラン? 今は手を繋いでいる必要、ないんじゃない?」

 それを聞き、一瞬だけアランの口から、え? という気の抜けた声が洩れた。
 しかし、

「どこで誰が見ているか分からないからな! バルバーリの兵士もウロウロしてるし、もしかすると、俺たちの後ろにいる人間が、告げ口するかもしれない。念には念を入れてだよ!」

 どこか焦ったように妙な早口で一気にまくし立てると、まるで逃がすまいとするように、握った手に力が込められた。

 ま、まあ確かに、人の目はどこにあるか分からないものね。

「分かったわ。そういうことなら……でも、アランは大丈夫? ずっと手を握ってて疲れない?」
 
 私は、ただただ幸せ過ぎて、心の中で悶絶してるだけだけれど。
 
「大丈夫、全然平気だよ。むしろ、ずっとこうしていた――」
「え?」

 後半がよく聞こえず聞き返すと、アランがハッと目を見開き、慌てて口元を手で覆った。そしてそのままチラッと私の方を見ると、取り繕うように薄く笑う。

「え、えっと、ずっとこうしていたら、エヴァの方は、つ、疲れる?」
「ううん、大丈夫。だって手を繋いでいると……何だか安心するから」
「俺と手を繋いでたら安心……する?」

 あ。
 思わず本音が漏れちゃった!

「ほ、ほら! 今まで馬車にずっと乗ってて、まだ揺れてる感じがするっていうか! だ、だからこうやって支えて貰うと、ふらつかなくて安心するって意味ねっ!」
「そ、そうだよな……」

 我ながら、酷すぎる言い訳だと思うけれど、アランは少し肩を落とすと、どこか悲しそうに納得した様子を見せた。

 そうしている間に列は進み、私たちの番がやってきた。
 石造りの壁と床で囲まれた検問場には、木のテーブルが置かれ、椅子に座っている兵士が二人と、持ち物を確認する兵士が三人ほどいた。皆、甲冑ではなく、急所を守る軽装鎧を身につけている。

「持ち物を出せ」

 そう言われ、アランは黙って担いでいた荷物を兵士の前に置いた。サッと持ち物確認役の兵士が荷物を手に取り、中を確認し始める。
 バルバーリ王国で持ち出し禁止の物や、危険物を持っていないか、確認しているみたい。

 荷物をゴソゴソされている間に、机に座った兵士が口を開いた。

「で、あんたたちは、何故バルバーリ王国からフォレスティ王国に向かうんだ?」
「俺の出身がフォレスティ王国で、結婚したことを機に、国に帰ることにしたんだ。これが、俺がフォレスティ王国出身者である証明だ」

 そう言ってアランは、懐から一枚の薄い板を取り出した。そこには、アランの名前と、彼がフォレスティ王国出身者である旨の文言、そして割印が押してあった。
 これが、彼の出身を証明するものならしい。フォレスティ王国からバルバーリ王国に来る際、発行されたもので、これを提示すると、フォレスティに戻る際の通行料が免除されるんだとか。

 アランに証明板を返した兵士の視線が、私に向けられた。

「結婚ってことは、そっちが奥さんか? それにしては、なんか奥さんの顔、強張ってないか? それに顔も真っ赤だし」

 兵士の瞳が、私を探るように細められた。
 
 まずい、疑われてる!
 
 そう思った瞬間、アランが私の肩を抱き寄せた。お互いの身体が、今までにないくらい密着する。

「兵士に調べられることに緊張するのは、当たり前だろ? それに――」

 肩を抱く手に力がこもり、益々身体がくっついた。

「彼女は照れ屋なんだ。新婚だから、まだ夫婦という関係に慣れてない。まあ、その初々しいところが、可愛くて堪らない部分なんだけど」
「ひぇっ⁉」

 アランの、可愛くて堪らない発言に、思わず声が裏返ってしまった。
 怪しまれているというのに、顔の火照りがさらに悪化する。しかしアランは、全く動じた様子を見せることなく、指先で私の頬を突いた。

「ほら、また頬っぺたが真っ赤になってる。ほんと、君は恥ずかしがり屋さんだね? こんなに可愛い人と一緒になれて、俺は幸せ者だよ」
「あ、アラ……ン?」
「君は、俺と一緒になれて幸せ?」

 こちらを覗き込む青い瞳が、優しく細められた。

 真に迫った演技に、心の中で脱帽してしまう。
 それ以上に、演技だと分かっていても……心臓が、い、息がもたないんですけどっ!

 上手く呼吸ができなくなったせいで言葉が出なかったため、ギュッと双眸を閉じると、ブンブンと大きく首を縦に振った。それを見たアランが、満面の笑顔を浮かべる。

「ほんと? 凄く嬉しい。今度はちゃんと……言葉にして?」

 そう言ってギュッと私を抱きしめると、彼の頬が私の頬とくっついた。少し浅い息づかいが耳元を揺らす。

 私は、自らの死を悟った。

 あ、私このまま、恥ずかしさと幸せで卒倒して死んじゃうんだ。
 でも大好きな人に、演技とはいえ、抱きしめられて死ぬんだから、幸せだわ……

 真っ白になった頭の中で、そんなことを考えていると、兵士の声が私の魂を現世に繋ぎ止めた。

「はいはい、分かった分かった。イチャつくのは、ここを出てからにしてくれ」

 兵士は酷く呆れた様子で大きくため息をつくと、頬杖をしながら、出口はあちらです、と顔に書きながら指差した。
 
 アランと一緒に出口に向かう時、ちらっと後ろを一瞥すると、私たちの後ろに並び、先ほどまでのやりとりを見ていた人たちが、ニヤニヤ、もしくは微笑ましく、私たちを見送っていた。私たちのすぐ後ろにいた老夫婦に至っては、いいわねえ、新婚さんは、みたいなことを話していて、顔から火が出そうだった。
 でもすれ違ったバルバーリ兵の一人から、もの凄い形相で睨まれ、私は咄嗟に俯くと、足早にこの場を後にした。

 とりあえず、私たちが夫婦だと上手く騙せたみたい。
 何だか色々と、メンタル崩壊と命の危険を感じたけど……

 でも、もし彼と夫婦になれたら、あんな感じなのかしら?
 あんな風に、私を抱きしめてくれて――

「……ヴァ? エヴァ?」
「へぁっ⁉ あ、アラン⁉」
「どうした? ずっと隣で呼んでるのに、何だか顔を真っ赤にして上の空だったから……」
「な、何にもないわ! ちょっと緊張して、気が抜けただけよ」
「そう? なら良いけど」

 私の言い訳に、アランはホッとした表情を浮かべ、それ以上追求してこなかった。
 手を繋いだまま、ゆっくりと中央広場に続く廊下を歩いて行く。

 はあ……ごまかせて良かった。

 あなたとの新婚生活を想像して、昇天しそうになってましたなんて、言えるわけがないです。
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