精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第19話 罠

「おーい! そこの黒髪と銀髪の新婚さん、ちょっと待って!」

 中立地帯である中央広場に出ると、後ろから私たちを呼ぶ声が聞こえてきた。振り返ると、軽装鎧のバルバーリの兵士が一人、息を切らしながらやって来た。

 彼は私たちの前で立ち止まり、大きく唾を飲み込んで息を整えると、アランに視線を向けた。

「あんたにまだ聞きたいことが残ってたみたいだ。悪いが、もう一度検問場に戻って貰えるか?」
「え? 今さら何を聞きたいんだ?」
「俺は呼ぶように言われただけだから、詳しい話は戻ってから聞いてくれ」

 訝し気に兵士を見ていたアランだったけど、大きく肩を落とすと、私の方を向いた。

「ちょっと俺、戻るよ。エヴァは、その辺で待っててくれる? もしマリアたちがいたら、先に合流しといて?」
「ええ、分かったわ」

 兵士と一緒に戻るアランの後ろ姿を見送ると、私は広場に足を踏み出した。

 中央広場には、たくさんの人々で賑わっていた。休憩所も兼ねているので、食べ物屋さんや、雑貨屋さんなんかも出ている。長旅をしてここにたどり着いたであろう人々が、思い思いに腰を下ろしたり、広場の日陰に立って雑談などを楽しんでいる。

 ここにマリアたちがいるのよね?

 それ程広くない場所だから、目視で彼女たちがいるかいないかは確認できた。どうやら、まだここには来ていないみたい。
 仕方ないから、その辺のお店でも見ようと移動した時、

「おい、そこの銀髪のあんた!」

 私を特徴で呼ぶ声に、振り返った。そこには、先ほどアランを呼びに来た兵士が一人で立っていた。私が口を開く前に、彼は早口でまくしたてた。

「あんたにも聞きたいことがあるらしいんだ。だから、至急一緒に戻って欲しい。旦那も、そこにいるから」

 心臓が跳ね上がった。
 もしかすると、私たちが夫婦のフリをしていたのが、ばれたのかもしれない。そして今、アランがそれによって窮地に立たされているかもしれない。
 そう思うと、居てもたってもいられなかった。

 兵士の後をついて、バルバーリ側の検問場に戻るかと思われたんだけど、何故か、とある小さな部屋に通された。

 開かれたドアの向こうには、積み上げられた荷物があるだけで誰もいない。

「あ、あの……主人は?」

 そう尋ねた瞬間、後ろにいた兵士が、私に向かって飛びかかってきた。体勢を崩し、私が下になる形で倒れ込むと同時に、ドアが小さな軋み音を立てて閉まった。

 私の上に、兵士が覆いかぶさっている。見知らぬ男の荒い息遣いが頬にかかり、全身鳥肌が立った。兵士は四つん這いなると、私を見下ろしながら気味悪い笑みを浮かべた。

「ああ、その怯えた顔、可愛いな」
「な、何を……」

 恐怖で声が震える。
 身体が強張り、上手く息ができない。

 そんな私を、男は歯をむき出しにして嘲笑う。

「検問場でイチャつくお前らを見て、イライラしてたんだよな。だから、お前らの幸せを……俺にも少し分けてくれてもいいだろ?」

 男の指先が、首筋を撫でる。
 幸せを分ける、という言葉が、何を指しているのか、世間に疎い私にも分かった。笑いながら私を睨む表情を見たとき、検問場を出る際に私たちを睨みつけていた兵士の顔と重なった。

 あの時の人だ。

 男は身勝手な理由で私を襲うために、アランを呼び出したのだろう。きっと、まだ聞きたいことがあるって言う話は、でっち上げに違いない。

「堪んねぇよなぁ、この他人のものを奪うっていう感覚……」

 男の手が、私の腰辺りを撫でた。悲鳴を上げようとしたけど、その前に男の手が私の口を塞く。抵抗しようともがくと、全身の体重を押しつけられた。

 怖い……気持ち悪い……
 
 以前、リズリー殿下に、無理矢理身体を求められた恐怖が蘇る。

(い、嫌……助けて……助けて、アラン――――っ‼)

 これから起る現実から目を背けるように双眸を閉じると、ここにはいない、大好きな人の名を心の中で叫んだ。恐怖が、心の底から迸った。

 次の瞬間、
 
「ぐぁああぁぁっ‼」 

 断末魔のような男の叫び声と、何かが壁に派手にぶつかる音とともに、私の身体の上にあった重みがフッと軽くなった。
 驚き、目を開けると、先ほどまで馬乗りになっていた兵士の姿はどこにもない。

 急いで身体を起こした先に見えたのは、壁を背にして倒れ、呻いている男の姿だった。
 何かに吹き飛ばされて、壁に激突した……の? でもどうやって?

 兵士は後頭部をしたたか打ったのか、両手で押えながら私を睨みつけた。殺気立った男の表情が、この命の危険を物語っていた。

「……てめぇ……精霊魔法か? ま、魔法で俺を吹き飛ばしたのか⁉ 霊具も呪文もなしで、どうやって!」
「ち、違う……」

 もちろん、無能力者である私に、そんな力はない。
 男がフラリと立ち上がった。まだ足元がおぼつかないけど、ゆっくりとこちらに手を伸ばしながら近づいてくる。

 逃げたくても、男がドアの近くにいるから、逃げられる自信がない。
 私は、兵士が近づくのと合わせて、一歩一歩後ろに後ずさった。ドンッと壁が背中に当たる。

 こんな時、精霊魔法が使えたら……この壁を吹き飛ばして逃げられるのに!

 そう思った時、

 ドゴォォォォ――――ンッッッッ‼

 何かがすぐ横で破壊される音と、

「エヴァ――――っ‼」

 聞き慣れた大好きな人の叫び声が重なった。

 
< 19 / 156 >

この作品をシェア

pagetop