精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第44話 ソルマン王の手記(別視点)

 リズリーは、祖母であるメルトアと対峙していた。
 一緒にいたマルティは、メルトアの命令により立ち去ったため、ここにはいない。

「本当の無能は、どちらだったのかしらね?」

 去り際にマルティに向かって投げかけたメルトアの棘のある言葉に、瞳を潤ませながら立ち去った婚約者の顔が脳裏をよぎる。

 しかし、メルトアを咎める言葉は、不思議とリズリーの口からは出なかった。

 国の非常時のために行われていたと思っていたマルティによる精霊魔法の支援に、膨大な対価を求められていたと知り、胸の奥がモヤモヤしていた。
 民のために身と心を砕く優しくも美しい婚約者に、だまされた気持ちになっていたのだ。

(しかし、マルティは何も知らないと言っていた。全て、父親の言ったとおりにしていたのだと……ならば、彼女に失望するのもおかしい話だ。彼女は……ある意味被害者なのだろう)

 本当は、マルティもそれを承知で力を貸していたことを、リズリーは知らない。
 事実を、自分の見たいように歪曲する王太子は、全ての元凶をマルティの父親であるヤード・フォン・クロージックにあると決めつけた。

 そして、目の前で優雅に茶を飲んでいる祖母に向かって、不快感を露わにしながら口を開く。

「それで……お婆さま。さっきの話は、どういうことでしょうか。あのエヴァが、この国の精霊魔法の根幹を担っていたなど……何かの間違いではないのですか?」
「間違いではありません。アレをここに」

 優雅な手つきで音を鳴らさずカップをソーサーに置くと、メルトアは侍女を呼びつけた。

 侍女がもってきたのは、クッション型の水色の台座に置かれた一冊の黒い本。皺の寄った手が、それを慎重に取り上げると、孫に向かってそっとテーブルの上を滑らすように差し出した。

 突然差し出された汚らしい本に、リズリーは怪訝な顔をしながら、少しでも雑に扱えばバラバラになってしまいそうなそれを手に取る。

「これは……」
「バルバーリ国王であったソルマン様の手記です」
「ソルマン王の? そんなものが残っていたのですか!」

 ソルマン王――ソルマン・ベルフルト・ド・バルバーリとは、三百年前のバルバーリ国王だ。大精霊魔法師と呼ばれており、現在この国で主流であるギアスと霊具を使った精霊魔法を生み出した祖と呼ばれ、敬われている。

 そして、バルバーリ王家とは全く繋がりのなかったクロージック家に、公爵という爵位を与え、クロージック家で生まれた精霊魔法を使えない女児とバルバーリ王家の者とを結婚させる、という盟約を結ばせた張本人。

 驚きに目を瞬かせながら、リズリーは手に取った黒い本――ソルマンの手記をパラパラと開いた。しかし、並ぶ文字は見たことのないものばかりで、何一つ内容を読み取ることが出来ない。

 孫の困惑が伝わったのだろう。メルトアが目を細めながら、手記に視線を向ける。

「お前が読めないのは当たり前です。三百年前に使われていた旧精霊文字で書かれていますから。さらにこれを見た者が簡単に読めないように、王家のみが扱う秘技にて暗号化されているのですよ。王家以外の人間の手に渡っても、簡単に読まれないようにね」
「そこまでしてソルマン王は、何を隠そうとしていたのですか?」
「……この国の精霊魔法の秘密です」

 メルトアは、片方の口角を上げた。視線は、リズリーをすり抜けた先にあるものを嘲笑うように、眇められている。

「私はずっと気になっていたのです。何故ソルマン王は、一介の貴族だったクロージック家と、あのような盟約を交わしたのかと」

 盟約を知る数少ない者たちは、無能力者と結婚して何の意味があるのだと、三百年前の話だから無効だと、ソルマン王の意志に反しようとしていたが、メルトアにはどうしても深い理由があるように思えてならなかった。

 だから、エヴァとの婚約を推したのだ。
 もし、本当に周囲の言うとおり、今の時代にそぐわない盟約であれば、いつでも婚約破棄はできるし、無能力者であっても彼女はクロージック家の公爵令嬢。身分的にも問題はない。
 
 そうやってエヴァを繋ぎ止めていた中で、宝物庫からこの手記を見つけたのである。

「私は急いで、手記の解読をさせました。未だに全てを解読できていませんが、盟約を結んだ大まかな理由は判明したのです」
「それで……どういった理由があって、僕はエヴァと婚約させられたのですか?」

 妹とは違い、地味な容貌のくせに、自分の思い通りにならなかった元婚約者の顔を思い出しながら、リズリーが尋ねる。その瞳には、余程の理由がなければ許さないという怒りが滲み出ている。

 メルトアは、両手を膝の上に置くと、背筋を正した。
 老いても力と輝きを失わない瞳が、リズリーを射貫く。

「フォレスティ王国では、精霊が少なくなった土地に現れるとされる精霊女王なる存在が崇められています。それはリズリー、お前も学んでいるはずですね」
「はい。三百年前、バルバーリ王国に楯突き、怒ったソルマン王がフォレスティ王国の精霊をギアスで奪い、荒廃させた土地を、その存在が蘇らせた、という伝説でしたよね」
「そうです。ソルマン様の手記によると、その精霊女王がクロージック家の血筋から――正確には、代々長女の血筋から生まれるとのことなのです。精霊魔法が使えない無能力者として……」
「……え? ということはエヴァは――」

 リズリーは、以降の言葉を失った。
 愚かな孫を嘲笑するように、メルトアが唇を歪ませる。

「ええ、お前たちが無能だと蔑んでいた彼女こそ、精霊女王の生まれ変わりなのです」
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