精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第45話 王太子の責任(別視点)

 言葉を失う孫に、メルトアは容赦なく事実を突きつける。

「バルバーリ王国には、国内にいる精霊を外に逃さぬための結界が、ソルマン王によって張られています。もしエヴァが国内にいれば彼女が死ぬまで、生まれ出る膨大な精霊をバルバーリ王国が独占出来るはずだったのです」

 そしてエヴァの血筋がこの国で子どもを残せば、またいずれ精霊が少なくなった時、この国に精霊女王が生まれる。
 つまり、リズリーがエヴァを婚約者として認めていれば、この国の精霊魔法は未来永劫安泰だったのだ。

 このシステムの構築こそ、ソルマン王がバルバーリ王国に残した偉大なる功績。

 だが次期王となる孫や周囲は、偉大なる精霊魔法の祖の深い考えを気に留めなかった。
 孫に至っては、浅はかな欲望を叶えるため、システムの要である精霊女王の生まれ変わりを追放したのだ。

 ソルマン王の手記の解読のため、他国に渡っていたことが仇になったと、メルトアは深く後悔していた。
 旅先でエヴァ追放のことを聞き、慌てて帰ってきたが、今からでも立て直しはできるのかと微かに不安を抱きながら、カップを掴む皺の寄った手に力を込める。

 責めるような強い口調で語られた内容に、リズリーは反射的に反論した。

「で、でも! 本当にエヴァが精霊女王か分からないじゃないですか! そもそも三百年も経っているんだ! 本当の精霊女王は、すでにバルバーリ王国からいなくなっている可能性だって――」
「お前の頭には、あの女とのふしだらな行為のことしかないのですか、リズリー。思い出しなさい。いつから、この国の精霊魔法が使えなくなったのかを……そして、この国の豊かさが失われてきたのかを」
「……あ」

 確か、初めて突然精霊魔法が使えなくなったのは、エヴァに婚約破棄を言い渡し、彼女が追放を選び去った日だった。
 精霊魔法自体は五日後にまた使えるようになったが、使えても効果が以前のような効果を期待できないばかりか、日に日に効力は落ちてきている。それと同時に、精霊魔法が全く使えなくなった者たちの数も増加する一方だ。
 
 追い打ちをかけるように、バルバーリの地から自然の豊かさが失われ、大切な水源の水位も下がっている。

 だがリズリーはどうしても、無能だと蔑んでいたエヴァに、そんな偉大な力があったことを認められずにいた。
 心の半分は、メルトアの言うとおりだと認めつつ、なおも食い下がる。

「しかし、エヴァがいなくなり、バルバーリ王国内の精霊がいなくなったのなら、何故あの日、突然精霊魔法が使えなくなったのですか⁉ 普通で考えれば、徐々に魔法が使えなくなるのではないですか⁉」
「理由は分かりません。しかし……相手は、精霊を生み出すという人が及ばない力を持つ存在。何かしらの力を使って、国中の精霊魔法を使えなくしたのでしょう」
「そんな曖昧な理由で、エヴァが精霊女王だと認めるわけには……」
「もちろん、それだけではありません。二十五年前、精霊魔法が使えなくなった時も、その三年後……つまりエヴァが生まれた年に再び精霊魔法の効果が戻りました。これは、バルバーリ国内で尽きていた精霊が、エヴァの生み出した精霊によって満たされたからに他ならないでしょう」
 
 二十五年前の件と、今回の件。
 同じような現象が、エヴァに関わっているのだ。もはやリズリーに、反論する気持ちは湧いてこなかった。

 今になって、取り返しの付かないとんでもなことをしてしまったのだと、全身から血の気が引いた。

 全てを認めてしまえば、ソルマン王がクロージック家に爵位を与えた理由も安易に想像できた。

(……クロージック家に公爵という身の丈に合わない爵位を与えてでも、味方に引き入れようとしたのか……)

 恐らく、王家の者と結婚させようとしたのも、精霊女王が逃げられないようにするためだろう。
 相手は精霊を生み出す人知を超えた存在。脅して監禁しておくよりも、血縁で縛り付け、自らこの国に留まらせようとした方が都合がいい。

 ――全ては、精霊女王の力を、バルバーリ王国のものにするために。 

 さて、とメルトアは胸の前で手を組むと、背もたれに深く腰をかけた。
 テーブルに肘をつき、取り返しのつかないことをしたと頭を抱えている孫に、鋭い視線を投げかける。

「これで分かりましたね、リズリー。このままではお前に、王位を継がせるわけにはいきません。今のお前に、王となる資格はない」
「なっ‼ ど、どういうことですか、お婆さま‼」
「言葉の通りです。お前の浅はかな考えと行動が、バルバーリ王国を存続の危機に陥らせた。その責任は、王太子とはいえ重い。いえ寧ろ王太子だからこそ、重いのです」

 リズリーの父であるバルバーリ国王にも、エヴァの件は全て話し、リズリーの責任は重いことを共通認識としてもっていることを告げつつも、彼女の追放の件を見て見ぬふりをした、バリバーリ王家全体の責任もあると、メルトアは胸の奥に重く溜まったものを吐き出すように、重い口調で付け加えた。

 盟約を軽んじるようになったバルバーリ王家を情けなく思いながらも、致し方ないことだと、メルトアは過去を振り返った。

 この三百年の間に、バルバーリ王国では、何度か大規模な流行病に見舞われている。
 病は、民・貴族関係なく、命を奪い、もちろん、バルバーリ王家の者たちも大勢死んだ。
 その際、盟約やソルマン王の手記の件など、真実を知る者たちも亡くなってしまったのだろう。流行病が原因で、王位継承の争いなども起こっている。そういった理由が重なり、盟約の理由が失われてしまったのだ。

 今後、二度とこのようなことがないように、対策を講じる必要があるだろう。
 ソルマンの手記を見つめながら、メルトアはそう思っていた。

 その時、一人の兵士がやってきて、メルトアに耳打ちをした。兵士の言葉に大きく頷くと、満足そうな表情をリズリーに向ける。

「今し方、エヴァの行き先が判明しました」

 それを聞き、リズリーは勢いよく顔を上げた。エヴァ追放の一件を聞いたメルトアが、すぐさま足取りを追わせており、その結果が出たのだ。

「それで……エヴァは今どこへ?」
「彼女の同行者の出身地と、セイリン村とヌークルバ関所を通った形跡から考えるに、フォレスティ王国に間違いないでしょう」
「……フォレスティ……か」

 リズリーはそう言って苦々しい表情を浮かべた。

 フォレスティ王国は、バルバーリ王国の精霊魔法を否定して生まれた国であり、現在は霊具とギアスを禁じている。反乱分子が興した国のくせに、バルバーリと比べて、フォレスティ王国は自然の豊かさに恵まれているのだ。

 精霊などという人間の道具にへりくだり、大昔ソルマン王に滅ぼされかけた国のくせに、と憎々しい気持ちが湧き上がる。それは、下に見ている相手が自分よりもよい成績を収めた時に抱く、嫉妬に近いものだ。

 少し和らいでいたメルトアの表情が、再び厳しいものへと変わった。
 眼光を鋭くし、かつて王妃として重責を背負ってきた重々しい声が、リズリーの鼓膜を震わせた。

「では、リズリー・ティエリ・ド・バルバーリに、バルバーリ国王ヴェルトロ・フラン・ド・バルバーリからの王命を伝えます――」
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