精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第47話 エヴァの力

「え? 精霊魔法以上の力を無意識……に?」
「この旅の途中で、いくつか不可解なことが起こっただろう? 思い出してみて?」

 不可解なこと……一体なにが……
 そう考えた瞬間、記憶の中にひっかかるものがあった。思わず、あっと小さく声を上げ、アランの方を見る。

「……もしかして、セイリン村の畑……」
「ご名答。あれはエヴァが、豊かな実りを祈ったことで精霊が願いを叶えようと動き、ああなったんだ。それに野犬討伐の件、覚えてる?」
「ええ、覚えてるわ」
「あれ実は、俺とルドルフで退治したんだ」
「え? えええ⁉︎」
「でも、エヴァが野犬を早く退治して平和になって欲しいって願ってたから、俺たちが野犬と出会ったときには、そのほとんどが精霊の影響を受けて弱ってて、退治するのも楽だったよ」

 ルドルフを見ると、アランの言葉が正しいと、大きく頷いた。

 両腕と両膝から力が抜け、元いた椅子にストンと腰が落ちた。
 二人の野犬を討伐したのも驚きなのだけれど、隣の部屋にいて聞こえないはずのアランたちの会話が聞こえたことを、思い出していたからだ。

 あの時、聞こえた話と全く同じ……
 夢だと思っていたけれど、もしかして本当に聞こえていたの?

 隣の部屋の会話が聞きたいと、強く願ったから。

「観察していた限り恐らくだが、エヴァの精霊女王としての力は、心の底から求め、強く願うことで発動する。精霊女王の強い願いや祈りを感じ取った精霊たちが、叶えようと動くんだ。そもそも俺たちみたいに、呪文を唱えて精霊に力を請う必要がない。だからエヴァが魔法を使っていた意識がないのは、当然なんだ」
「祈り……もしかして、今フォレスティ王国の作物が、豊作なのも……」
「ああ。先日、エヴァが精霊宮で祈ってくれたからだよ。後、旅の途中も、雨一つ降らずに、トラブルもなかっただろう? あれも精霊女王の力が動いていたから順調だったんだ」
「え? ずっと旅の途中晴れていたのは、わ、私がお祈りでお天気まで変えてたからってこと?」
「そうなるね」

 そうなるねって……軽すぎませんか⁉
 精霊魔法で天候まで操るなんて、聞いたことがないのだけれど‼

 天気や野犬、フォレスティ王国全体に与えられた<祝福>といい、もはや精霊魔法で出来ることの範疇を遙かに越えている。
 
「後、精霊は、祈りだけじゃなく強い感情にも反応してる。思い出したくはないだろうけど、ほら……ヌークルバ関所で兵士に襲われた時も……」

 そう言葉尻を濁すアランの瞳に、怒りの色が見える。

 ヌークルバ関所で兵士に襲われた時、上に覆い被さっていた兵士が突然吹き飛び、さらに、部屋の石壁が破壊され、大穴が開いた光景を思い出した。

 アランが魔法で壁に穴を開けてくれたのだと思い、お礼を言ったら、彼、困った表情を浮かべながら口ごもっていたっけ。
 
 兵士の襲われた記憶につられ、以前リズリー殿下に無理矢理身体を求められた記憶も蘇る。

 あの時も、嫌だといっても手を伸ばしてくる殿下が怖くて堪らなかった。だけど突然花瓶が割れて、リズリー殿下の意識が逸れた瞬間に、逃げ出せたのだ。

 まさかあれも――

 不思議だと片付けていたことに全て理由が与えられ、肌が粟立った。

 両腕を抱きしめるようにさすっている私を見たアランが、話を変えるように、ああそうだ、と手を打つ。その口角は、どこか企みを含んだようにニヤリと上を向いている。

「そういえば、エヴァがクロージック家にいたとき、外出していて、マルティの茶会の約束に間に合わない時があったのを覚えてる?」
「何度もあったけれど……だけどそのたびに、マルティに何かしらのトラブルが起こったから、間に……合っ……」

 当時のことを思い出しながら動いていた唇が、心に芽生えた可能性に気づいてゆっくりになっていく。全ての言葉を伝える前に口が止まり、代わりに激しく目を瞬きながら、笑いを堪えているアランに言葉なく訴えかける。

 プハッと彼が噴き出す音が響き渡った。

「あははっ、そうだよ! あの時、マルティに起こったあらゆるトラブルは、エヴァの『約束に間に合いたい』という強い気持ちに反応した精霊たちが引き起したもの。エヴァは昔から運が良いって言ってたけれど、それも全て、無茶する精霊女王様の願いを精霊たちが健気に叶えてきた結果だよ」
「あ、あり得ないわ! 遠くにいる人間にトラブルを引き起こすような精霊魔法、存在なんて――」

 アランの笑いがピタリと止まると、大きめの瞳がスッと細められた。

「そのあり得ないを可能にするのが、精霊女王の力だ」

 静かながらも、鋭さを纏った言葉が、心に突き刺さった気がした。
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