精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました
第48話 目的
アランの言葉が、見まいと、否定しようとする心に突き刺さる。その痛みに気付かないふりをしながら、次なる否定材料を探りに行く。
「で、でも、何で私なの⁉ 精霊女王は確か、精霊が少なくなった土地に現れるはずじゃ……」
今まで黙って私たちの会話を聞いていたルドルフが動く。彼の瞳が、遠い記憶を探るように細くなった。
「精霊女王が現れた理由なら予想できる。丁度二十五年前、当時のバルバーリ王国は深刻な精霊不足に陥っておった。だから、自然と精霊のバランスを保つため、精霊女王の生まれ変わりとしてエヴァ嬢ちゃんが生まれたんじゃ。その結果、エヴァ嬢ちゃんから生み出された精霊によってバルバーリ国内が満たされ、再び精霊魔法が使えるようになった。全部、繋がっておるんじゃよ」
「じゃあ、今バルバーリ王国で精霊魔法が使えなくなっている件は⁉ 二十五年前と違って、突然精霊魔法の効果が消えたり、魔法が使えなくなったりしたけれど、私とどんな関係があるというの⁉」
ああ、とルドルフが微笑む。
「覚えていないか、エヴァ嬢ちゃん。王都を出てからしばらくして、精霊の悲鳴が聞こえたじゃろ? その時、霊具に捕われた精霊たちのために祈ったことを……」
「……あ」
「祈ったことで、エヴァ嬢ちゃんのオドが、バルバーリにいた精霊たちに注がれ、霊具から、そして精霊を国内に囲い込んでいた結界から逃げ出す力を得たんじゃ。それが今回の騒動の真相じゃ。まあ、マナをほとんど失い弱っていた精霊たちまでは救えず、霊具に閉じ込められたままじゃったようじゃがな」
婚約破棄されてから、もう百日近くが経っている。
おぼろげだった記憶が、ルドルフの言葉によって、輪郭を取り戻していく。
『霊具の中で今もなお苦しんでいる精霊たちが救われるよう、祈って欲しいのです』
アランたちの切実な願いに推され、私は霊具の中で苦しむ精霊たちが救われるように祈ったけれど、何も変化はなかった。
だけど、そう思っていたのは私だけだったみたい。
だってあの時、何も変わっていないとがっかりする私のそばで、アランが何故か嬉しそうに王都を見つめていたから。
私の祈りが、バルバーリ王国内でどのような影響を見せるのか知っていたのね。
こうなることを――
「五日後ぐらいにまた精霊魔法が使えるようになったそうじゃが、それはエヴァ嬢ちゃんが、まだバルバーリ王国領内にいたからにすぎん。こうしてフォレスティ王国に来た今、バルバーリ王国の精霊はいずれ完全に尽きる。それによって精霊と深い関係のある自然も失われ、バルバーリ王国は存続が危ぶまれる程の大打撃を受けるじゃろう」
もうその片鱗も見えているようじゃがな、とボソッとルドルフが付け加えた。
私がたった一人いなくなったことで、祖国が崩壊する。
背筋に寒気が走り、指先の熱がスッと引く。
確かに、バルバーリ王国には二度と帰りたくないし、未練なんてない。でも、崩壊する未来を手を叩いて高らかに喜べるかと言えば、また別の話だ。
どうせあの王家のことだ。
国が乱れれば真っ先に自分たちは保身に走り、そのとばっちりを、何も知らずに一生懸命日々を生きている人々が受けることになるだろう。
セイリン村で見た、お母さんと小さな子どもが歩く姿が脳裏をよぎった。
「それで……アランたちは何故、素性を隠してクロージック家で働いていたの?」
自分の存在が国を滅ぼすかもしれない恐怖を振り払うように、私は以前アランに投げかけ、保留にされていた質問をした。
アランは足を組み替えると、観念したように弱々しく笑う。
「……エヴァがバルバーリ王国で幸せに生きていけるか見極めるためだ」
「私の……幸せを?」
「……ああ」
浅く頷いたアランは、それ以上何も言わなかった。ギュッと唇を真一文字に結ぶと、またテーブルに肘をついて私から視線を外す。
どこか気まずそう。
私に、生活が落ち着いたら話すと言いながら話さなかったから良心の呵責があるのかしら。
彼からそれ以上の回答が得られそうにないのでルドルフの方を見ると、彼はアランを一瞥した。そして軽く息を吐き出すと、アランの言葉を引き継ぐ。
「精霊女王には三百年前、フォレスティ王国を救って頂いた恩がある。初代フォレスティ国王ルヴァンは、これから先、生まれるであろう精霊女王がこの世界で幸せに生きられるよう見守り、必要であれば手助けせよと、後世の者たちに託したのじゃ」
「じゃあ、ルドルフたちがクロージック家にいたのは、初代国王様の願いに従って?」
「そういうことじゃ」
精霊不足に陥っていたバルバーリ王国で、突然精霊の数が復活したことを不審に思ったフォレスティ王国は、調査を開始。
クロージック公爵家に無能力者の女児がいることを知り、その娘が精霊女王なのか、そして精霊女王だった場合、その娘が今の環境で幸せに生きられるかを見守るため、当時のフォレスティ国王様がルドルフをクロージック家に送り込んだ。
途中で、アランと彼の護衛としてマリアも加え、私の成長と取り巻く環境を見守ってきたのだという。
「お父さまは……知っていたの? ルドルフたちのことや、私のことを……」
「ああ、全てを話しておる。そして、全てを知った上でこう言ったんじゃ。『自分が生きている間は、エヴァの幸せに全力を尽くす。しかし私が道を誤り、娘がこの先不幸になる未来しか見えないと判断したなら、フォレスティ王国で守って欲しいと』な。父君であるセリック殿は、本当にエヴァ嬢ちゃんを大切にしておった」
少なくとも、お父さまが生きている間は、このまま何も知らずにバルバーリ王国で生きる方が良いと、ルドルフは判断していた。
そもそも初代国王様の願いは、精霊女王が幸せに生きられること。
だから、私がお父さまの元で幸せに生きているなら、フォレスティ王国側もそれで良かったみたい。
だけど、お父さまが亡くなった後、私を取り巻く環境は一変した。
フォレスティ王国側も何とかしなければと思いつつも、私がまがりなりにも王太子の婚約者であったせいで、さっさとバルバーリ王国から連れ出す、なんてことができなかったのだという。
「じゃが、エヴァ嬢ちゃんはわしらが思っている以上に強かった。自ら進む道を選び、一人で過酷な未来に立ち向かおうとしたんじゃからな。だからわしらもようやく、動くことができたんじゃ。しかし――」
そこまで言って言葉を切ると、ルドルフは深く頭を下げた。
「突破口が見つからず我々が手をこまねいている間、エヴァ嬢ちゃんには辛い思いをさせ続けたのも事実。本当に……本当にすまなかった」
「謝らないでルドルフ。悪いのは、クロージック家とバルバーリ王家なのだから。それに、イグニス陛下にも申し上げたけれど、私は三人にとても感謝しているの。その気持ちは今も変わらないわ」
私の言葉を聞き、ルドルフはもう一度深く頭を下げた。
しんみりしてしまった場の空気を変えるため、私はわざと明るく声を出して話題を変える。
「なら、殿下とマルティには、感謝すべきかもしれないわね。二人のお陰で堂々と、フォレスティ王国にやってくることができたのだから。だけどそのせいでバルバーリ王国が……」
明るく弾んでいた声色が、再び暗く沈む。
だけど私の気持ちを察したのか、アランが安心させるように微笑んだ。
「罪悪感を抱く必要はないよ。バルバーリ王国がギアスと霊具を捨てて、自国の精霊を囲い込んでいた結界を解き、精霊に愛される国へと変わればいい話なんだから」
「そうなれば、私がいなくても大丈夫なの?」
「もちろん」
アランが大きく頷いた。
そっか。
私がいなくても、バルバーリ王国が救われる道はあるのね。
あの国に戻らなくて、いいのね?
そう、ホッと胸をなで下ろした時だった。
アランの憎々しげな呟きが、和やかさを取り戻しつつあった部屋の雰囲気を一変させる。
「だけど……奴らがそんな面倒な道を選ぶわけがない……よな。分かっていたことだけどさ」
「……え?」
どういうことかと目で訴えかけると、彼の表情がみるみるうちに険しいものへと変わっていった。アランは唇をギュッと結び、意を決したように重々しく口を開いた。
「バルバーリ王国から、エヴァの身柄引き渡しの要求が来た。身柄の受け取りとしてくるのは――」
長きに渡って私を繋いでいた枷の存在を、
その音を、
近くで感じた気がした。
「リズリー・ティエリ・ド・バルバーリとマルティ・フォン・クロージックだ」
「で、でも、何で私なの⁉ 精霊女王は確か、精霊が少なくなった土地に現れるはずじゃ……」
今まで黙って私たちの会話を聞いていたルドルフが動く。彼の瞳が、遠い記憶を探るように細くなった。
「精霊女王が現れた理由なら予想できる。丁度二十五年前、当時のバルバーリ王国は深刻な精霊不足に陥っておった。だから、自然と精霊のバランスを保つため、精霊女王の生まれ変わりとしてエヴァ嬢ちゃんが生まれたんじゃ。その結果、エヴァ嬢ちゃんから生み出された精霊によってバルバーリ国内が満たされ、再び精霊魔法が使えるようになった。全部、繋がっておるんじゃよ」
「じゃあ、今バルバーリ王国で精霊魔法が使えなくなっている件は⁉ 二十五年前と違って、突然精霊魔法の効果が消えたり、魔法が使えなくなったりしたけれど、私とどんな関係があるというの⁉」
ああ、とルドルフが微笑む。
「覚えていないか、エヴァ嬢ちゃん。王都を出てからしばらくして、精霊の悲鳴が聞こえたじゃろ? その時、霊具に捕われた精霊たちのために祈ったことを……」
「……あ」
「祈ったことで、エヴァ嬢ちゃんのオドが、バルバーリにいた精霊たちに注がれ、霊具から、そして精霊を国内に囲い込んでいた結界から逃げ出す力を得たんじゃ。それが今回の騒動の真相じゃ。まあ、マナをほとんど失い弱っていた精霊たちまでは救えず、霊具に閉じ込められたままじゃったようじゃがな」
婚約破棄されてから、もう百日近くが経っている。
おぼろげだった記憶が、ルドルフの言葉によって、輪郭を取り戻していく。
『霊具の中で今もなお苦しんでいる精霊たちが救われるよう、祈って欲しいのです』
アランたちの切実な願いに推され、私は霊具の中で苦しむ精霊たちが救われるように祈ったけれど、何も変化はなかった。
だけど、そう思っていたのは私だけだったみたい。
だってあの時、何も変わっていないとがっかりする私のそばで、アランが何故か嬉しそうに王都を見つめていたから。
私の祈りが、バルバーリ王国内でどのような影響を見せるのか知っていたのね。
こうなることを――
「五日後ぐらいにまた精霊魔法が使えるようになったそうじゃが、それはエヴァ嬢ちゃんが、まだバルバーリ王国領内にいたからにすぎん。こうしてフォレスティ王国に来た今、バルバーリ王国の精霊はいずれ完全に尽きる。それによって精霊と深い関係のある自然も失われ、バルバーリ王国は存続が危ぶまれる程の大打撃を受けるじゃろう」
もうその片鱗も見えているようじゃがな、とボソッとルドルフが付け加えた。
私がたった一人いなくなったことで、祖国が崩壊する。
背筋に寒気が走り、指先の熱がスッと引く。
確かに、バルバーリ王国には二度と帰りたくないし、未練なんてない。でも、崩壊する未来を手を叩いて高らかに喜べるかと言えば、また別の話だ。
どうせあの王家のことだ。
国が乱れれば真っ先に自分たちは保身に走り、そのとばっちりを、何も知らずに一生懸命日々を生きている人々が受けることになるだろう。
セイリン村で見た、お母さんと小さな子どもが歩く姿が脳裏をよぎった。
「それで……アランたちは何故、素性を隠してクロージック家で働いていたの?」
自分の存在が国を滅ぼすかもしれない恐怖を振り払うように、私は以前アランに投げかけ、保留にされていた質問をした。
アランは足を組み替えると、観念したように弱々しく笑う。
「……エヴァがバルバーリ王国で幸せに生きていけるか見極めるためだ」
「私の……幸せを?」
「……ああ」
浅く頷いたアランは、それ以上何も言わなかった。ギュッと唇を真一文字に結ぶと、またテーブルに肘をついて私から視線を外す。
どこか気まずそう。
私に、生活が落ち着いたら話すと言いながら話さなかったから良心の呵責があるのかしら。
彼からそれ以上の回答が得られそうにないのでルドルフの方を見ると、彼はアランを一瞥した。そして軽く息を吐き出すと、アランの言葉を引き継ぐ。
「精霊女王には三百年前、フォレスティ王国を救って頂いた恩がある。初代フォレスティ国王ルヴァンは、これから先、生まれるであろう精霊女王がこの世界で幸せに生きられるよう見守り、必要であれば手助けせよと、後世の者たちに託したのじゃ」
「じゃあ、ルドルフたちがクロージック家にいたのは、初代国王様の願いに従って?」
「そういうことじゃ」
精霊不足に陥っていたバルバーリ王国で、突然精霊の数が復活したことを不審に思ったフォレスティ王国は、調査を開始。
クロージック公爵家に無能力者の女児がいることを知り、その娘が精霊女王なのか、そして精霊女王だった場合、その娘が今の環境で幸せに生きられるかを見守るため、当時のフォレスティ国王様がルドルフをクロージック家に送り込んだ。
途中で、アランと彼の護衛としてマリアも加え、私の成長と取り巻く環境を見守ってきたのだという。
「お父さまは……知っていたの? ルドルフたちのことや、私のことを……」
「ああ、全てを話しておる。そして、全てを知った上でこう言ったんじゃ。『自分が生きている間は、エヴァの幸せに全力を尽くす。しかし私が道を誤り、娘がこの先不幸になる未来しか見えないと判断したなら、フォレスティ王国で守って欲しいと』な。父君であるセリック殿は、本当にエヴァ嬢ちゃんを大切にしておった」
少なくとも、お父さまが生きている間は、このまま何も知らずにバルバーリ王国で生きる方が良いと、ルドルフは判断していた。
そもそも初代国王様の願いは、精霊女王が幸せに生きられること。
だから、私がお父さまの元で幸せに生きているなら、フォレスティ王国側もそれで良かったみたい。
だけど、お父さまが亡くなった後、私を取り巻く環境は一変した。
フォレスティ王国側も何とかしなければと思いつつも、私がまがりなりにも王太子の婚約者であったせいで、さっさとバルバーリ王国から連れ出す、なんてことができなかったのだという。
「じゃが、エヴァ嬢ちゃんはわしらが思っている以上に強かった。自ら進む道を選び、一人で過酷な未来に立ち向かおうとしたんじゃからな。だからわしらもようやく、動くことができたんじゃ。しかし――」
そこまで言って言葉を切ると、ルドルフは深く頭を下げた。
「突破口が見つからず我々が手をこまねいている間、エヴァ嬢ちゃんには辛い思いをさせ続けたのも事実。本当に……本当にすまなかった」
「謝らないでルドルフ。悪いのは、クロージック家とバルバーリ王家なのだから。それに、イグニス陛下にも申し上げたけれど、私は三人にとても感謝しているの。その気持ちは今も変わらないわ」
私の言葉を聞き、ルドルフはもう一度深く頭を下げた。
しんみりしてしまった場の空気を変えるため、私はわざと明るく声を出して話題を変える。
「なら、殿下とマルティには、感謝すべきかもしれないわね。二人のお陰で堂々と、フォレスティ王国にやってくることができたのだから。だけどそのせいでバルバーリ王国が……」
明るく弾んでいた声色が、再び暗く沈む。
だけど私の気持ちを察したのか、アランが安心させるように微笑んだ。
「罪悪感を抱く必要はないよ。バルバーリ王国がギアスと霊具を捨てて、自国の精霊を囲い込んでいた結界を解き、精霊に愛される国へと変わればいい話なんだから」
「そうなれば、私がいなくても大丈夫なの?」
「もちろん」
アランが大きく頷いた。
そっか。
私がいなくても、バルバーリ王国が救われる道はあるのね。
あの国に戻らなくて、いいのね?
そう、ホッと胸をなで下ろした時だった。
アランの憎々しげな呟きが、和やかさを取り戻しつつあった部屋の雰囲気を一変させる。
「だけど……奴らがそんな面倒な道を選ぶわけがない……よな。分かっていたことだけどさ」
「……え?」
どういうことかと目で訴えかけると、彼の表情がみるみるうちに険しいものへと変わっていった。アランは唇をギュッと結び、意を決したように重々しく口を開いた。
「バルバーリ王国から、エヴァの身柄引き渡しの要求が来た。身柄の受け取りとしてくるのは――」
長きに渡って私を繋いでいた枷の存在を、
その音を、
近くで感じた気がした。
「リズリー・ティエリ・ド・バルバーリとマルティ・フォン・クロージックだ」