精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第62話 対面(別視点)

 アランが部屋に入ると、先に入っていたリズリーが立ち上がり近付いてきた。その表情は敵意がないことを示すかのように、笑みが浮かんでいる。

 彼について何も知らない者が見れば、思わずこちらも笑みを返してしまうような、敵意が全く感じられない屈託ない笑顔だ。

 だがアランは知っている。

 この男は自身の欲望を叶えるためなら、平気で人を陥れることのできる人間なのだと。

(こんな男が、一時でもエヴァが婚約者だったと思うと虫唾が走る)

 心の中で燃える憎しみを微笑みという仮面で隠しながら、アランは手を差し出した。

「遅くなって申し訳ない、リズリー様。私は、アラン・レヴィトネル・テ・フォレスティと申します。バルバーリ王国からの長旅の疲れは、少しは癒えましたか?」
「お気遣いありがとうございます、アラン様。先ほど休息がてら庭園を拝見いたしましたが、造形の素晴らしさに感服いたしました」
「庭園は、この城の見所でもあります。お気に召して頂けたようで光栄です。立ち話も何ですからどうぞお掛けください」

 差し出された手を握ったリズリーは、アランに薦められるがまま席についた。

 今回の話し合いは極秘扱いにされており、部屋には誰もいない。
 アランはリズリーと自身のグラスにワインを注ぐと、椅子の背もたれに深く腰をかけた。

「そういえば先ほど、リズリー様と一緒にお見えになられたマルティという女性にお会いしました」

 ワインを口にしていたリズリーが、グラスをテーブルに置くと、うっとりと瞳を細める。

「彼女は、今回問題となっているエヴァ・フォン・クロージックの妹で、姉の身を案じ同行を願い出たのです。ここまでの長旅は大変だろうに……」
「話し合いには同席出来ないのにですか?」
「ええ。本当に心の優しい女性です。精霊魔法士としても非常に優秀で、バルバーリ王国の民は彼女を聖女と呼び、讃えているのですよ」

 マルティの優秀さを熱弁するリズリーの話を聞き流しながら、アランは先ほど偶然にも彼女と再会したときのことを思い出していた。

「お初にお目にかかります、アラン殿下」

 甘ったるい声とともに、突然アランの前に現れたマルティ。
 彼女の後ろには、

「い、いけません、お客様! 殿下はこれからお話し合いに……」

と、侍女が慌てた様子で、マルティとアランの間に割って入ろうとしていた。

 恐らくアランの姿を見かけ、侍女の制止を聞かずにこちらへ飛び出してきたようだ。自分の名と素性を知っているのは、きっと侍女に聞いたからだろう。

 侍女の動きをアランは手で制止すると、両手を胸の前で組んでこちらを見上げるマルティに視線を向けた。

(何一つ、変わっていないな、この女……)

 権力をもつ者たちの前では媚び、自分よりも立場が下の者たちの前では、ぞんざいな態度をとって見下す。クロージック家で仕えていた時、使用人であった自分に見せていたマルティの醜悪さが脳裏をよぎる。

 もちろん、今の彼女はそんな態度は微塵も見せていない。

 頬を赤らめ、心酔したような瞳でこちらを見つめてくる。

 胸の前で両手を組んでいるため胸の谷間が強調されているが、性的魅力で異性を惑わそうという魂胆だろう。

 そんなもの、アランには無意味だというのに。

 マルティは、アラン・ルネ・エスタと自分が同一人物だとは気付いていないようだ。

「私は、エヴァ・フォン・クロージックの妹で、マルティ・フォン・クロージックと申します。このたびは、愚姉がフォレスティ王国に多大なる迷惑をかけ大変申し訳ございません」

 マルティが瞳を潤ませ、僅かに肩を震わせながら、深く頭を下げた。

 知らない人間から見れば、姉の失態を代わりに謝罪するできた妹だと思うだろうが、マルティの本性を知っているアランには白々しく感じてしまう。

 口元に薄く笑みを張り付けながら、アランは首を横に振った。

「その件についてあなたを咎めるつもりはない、クロージック公爵令嬢。どうか頭を上げて欲しい」
「マルティと、そうお呼びください。アラン殿下の寛大なるお心遣いに感謝いたします」

 媚びるような上目使いで見つめられ、アランの腕に無数の鳥肌が立ったが、生理的に受け付けない嫌悪感を押し殺しながら、マルティに向かって頭を下げた。

「では、これで失礼する」
「お待ちください、アラン殿下! あ、あのっ……もしよろしければ、後ほど貴方さまとのお話の機会を頂けないでしょうか? お姉さまの件をクロージック家として、改めて謝罪させて頂きたいのです」

 口元に手をあて、庇護欲を誘うようなか弱そうな表情を向けるマルティ。
 アランは少しだけ考える素振りを見せると、僅かに口角をあげながら頷いた。

「……分かった。あなたに問題がなければ、改めて話す機会を設けよう」
「感謝いたします、殿下。もちろん私には問題などございませんわ。貴重なお時間を頂き、ありがとうございました。では失礼いたします」 
 
 瞳を輝かせたマルティはカーテシーをすると、アランの前から立ち去った。後ほど謝罪に訪れる人間とは思えない、軽やかや足取りだった。
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