精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第63話 女性の正体(別視点)

「こちらの話ばかりで申し訳ありません。そろそろ本題に移りましょうか」

 全く聞いていなかったが、マルティの素晴らしさを語っていたリズリーが、ようやく本来の目的を思い出したようだ。大きなため息をつき、困惑した様子で口を開く。

「少し前のことなのですが、私の婚約者であるエヴァ・フォン・クロージックが……ちょっとした勘違いから、バルバーリ王国を出て行ってしまったのです。そして彼女の足取りを追って辿り着いたのが……」
「ここ、フォレスティ王国だったということですね?」
「お恥ずかしい話です。そういえば書簡に対するご返答の中で、現在エヴァを保護していると書かれておりましたね。彼女を見つけ出し、保護して頂いたこと、大変感謝しております。この広いフォレスティ王国から、女性一人を見つけ出すのは容易ではなかったでしょう?」

 どうやら身柄引き渡しの書簡が来たことで、フォレスティ王国がエヴァを探してくれたのだと勘違いしているらしい。

 アランは、そんなわけないだろうと心の中で呆れながらも、顔にはとんでもないという謙遜を貼り付け、首を横に振った。

「いえいえ。彼女は元々、この城に滞在しておりましたから、探す労力などかかっておりませんよ」
「えっ? この城で働いていた、ということでしょうか?」
「いいえ、貴賓として、です。ああご心配なく。今まで生活に不自由はさせていませんから」
「貴賓として⁉ フォレスティ王国と何の接点もなかった彼女が何故⁉」
「今ここで話すよりも、本人に来て貰った方が良いでしょう」

 アランは自身の椅子を引き立ち上がった。

 そして、唇を薄く開いたまま目を瞠っているリズリーに微笑みかけると、失礼という言葉とともに廊下に出ていった。

 一人残されたリズリーは腕を組み、ワイングラスを見つめながら、先ほどの会話を思い出していた。

(どういうことだ。エヴァがフォレスティ王国の賓客だなんて……王太子である僕ですら、たいしたもてなしは受けていないのに……)

 口には出さないが、王太子である自分へのもてなしが不十分すぎて不満を感じていたのだ。

 だが仕方の無い面もある。

 書簡を送った後、返事が来る前にフォレスティ王国に出発していたからだ。そのため、通常よりも早い到着予定となり、相手も準備が間に合わなかったのだろう。

 もし断られた場合でも、すでに出発していることを理由に強引に訪問するつもりだったし、この際、もてなしが不十分であることには目を瞑ろう。

 そこまで強引にことを進めなければならないほど、バルバーリ王国は切羽詰まった状況にあるのだから。

 なのに、追放を選んで野垂れ死んでいるかと思われていたエヴァが、この城で優雅な生活を送っていたと思うと腹立たしい。

 彼女が追放を選ばず、大人しくマルティの侍女になっていれば、バルバーリ王国衰退の責任を負わされ、大変な思いをしてフォレスティ王国に来なくても良かったというのに。

(それにしても、何故フォレスティ王家は、エヴァを貴賓として迎え入れたんだ?)

 アランにも言ったが、エヴァとフォレスティ王国に繋がりはない。

 確か、フォレスティ王国出身者であるクロージック家の使用人三名が彼女に同行したらしいが、それでもフォレスティ王家には結びつかない。
 
 ならば考えられることは、一つだ。

(フォレスティ王国もエヴァの力に気付いているのだろうか? だから城で保護を……)

 メルトアの話では、この世界には精霊を視る目をもつ者が存在するという。現在、エヴァ捜索のために精霊を視る目をもつ者を探してはいるが、その存在は稀らしく未だに見つかっていない。

 もしかするとフォレスティ王国には、精霊を視る目をもつ者がいたのではないか?
 だからエヴァの力が知られ、城で保護されているのではないか?

 可能性としては充分あり得る。

(でも万が一、何も知らなくて別の理由でエヴァを保護していたのなら……彼女の力を明かすことは得策じゃない。エヴァの力を狙って、フォレスティ側が引き渡しを拒否する可能性だって……)

 それに自らが精霊女王の生まれ変わりであることを、エヴァが知っているかも気になる。

 何も知らなければ、気を引きたかった相手であるリズリーが迎えに来たことで満足するだろうが、知っていたら、力目的でやってきたと勘づかれ、話がややこしくなりそうだ。

(女の嫉妬ほど、面倒くさいものはないな……)

 エヴァが追放を選んだ理由を、自分の気を引くためだと思い込んでいるリズリーは、やれやれと息を吐き出した。

 どちらにしても、何故彼女が貴賓として城に迎え入れられたのか想像の域が出ない以上、アランにもエヴァにも迂闊なことは言えない。

 その時、

「リズリー様、お待たせした」

 アランの声とともにドアが開いたため、リズリーの思案は中断された。代わりに、彼とともに部屋に入ってきた人物に、視線だけでなく思考まで奪われてしまう。

 そこには、先ほど庭園で出会った女性がいたのだ。

 初めて彼女と出会った時、可憐な美しさに思わず息が止まった。

 まるでこの世界に、彼女と自分しかいないのではないかと錯覚してしまうほど、感覚の全てが彼女に集中したのだ。

 困った様子で木を見上げる表情は、思わず守ってあげたくなるような愛らしさがあったし、慌てて立ち去る彼女と離れたくなくて、咄嗟に腕を掴んでしまうほど心が惹かれた。

 再び会いたいと願いながら、立ち去る彼女の背中をジッと見つめていたのを思い出す。

 その願いが、こんなにも早く叶うとは。

 高鳴る心音を感じながら、リズリーは熱い視線を目の前の女性に注ぐ。しかし彼女から返される視線は非常に冷たい。

 リズリーの言葉に、アランが片眉をあげた。

「もしかして……リズリー様は彼女と会ったことがあるのですか?」
「あ、はい……先ほど庭園で。ハンカチが木に引っかかったところをお助けしたのです」

 それを聞いたアランの眉間に一瞬だけ皺が寄った。しかしリズリーはアランの不機嫌さには気付かず、女性の前に立つと微笑んだ。

「先ほどは大変失礼いたしました、こうしてまたお会い出来たことを嬉しく思います、ご婦人」
「……本当に、私が分からないのですか?」

 紫の瞳が、まるで睨みつけるような強い意志をもってリズリーを見つめている。

 その視線は、自分の思い通りにならず疎ましく思っていた生意気な元婚約者と、全く同じ――

「ま、まさか……え、エヴァ、なのか?」
「はい。リズリー殿下、お目にかかるのは、追放を命じられたとき以来ですね? あの時から変わらずお元気そうで何よりです」

 リズリーの身体がぐらっと揺れ、一歩後ろに退いた。
 可憐な美しさに心惹かれた女性が、芋くさい元婚約者だと明かされ酷く動揺したからだ。

 そんなリズリーを見ていたアランが、エヴァの肩を抱き寄せる。
 口角の端を持ち上げ薄く笑う黒髪の男の表情に、嫌な予感が走る。 

「そして今は、私の婚約者でもあります」

 だから貴賓として城に滞在していたのですよ、と楽しそうに語るアランの言葉は、リズリーの頭の中を真っ白にするには、充分過ぎるほどの破壊力があった。
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