精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第66話 私の本心

「僕を……愛したことが、ない?」

 リズリー殿下は唖然とした様子で、私の発言の一部を反芻した。

 言葉は分かっていても、感情がついていっていないみたいだったので、しっかりその頭の中で理解して貰えるよう、もう一度、一言一句変えずにお伝えする。

「殿下の婚約者となってから今の今まで、私は一度も貴方さまを愛したことはございません」
「……一度も?」
「はい、一度も、です」

 大きく頷き、彼の言葉が正しいことを伝える。
 
 私に向かって差し出されていた手が、ゆっくりと持ち主の元へ戻り、前のめりになっていた体勢が真っ直ぐになる。

 そして、誰からも握られずに戻ってきた手のひらをジッと見つめた後、テーブルの上に両肘をつき、両手で頭を抱えて俯いた。

 喉の奥から絞り出した声が、震えている。

「う、うそ……だ……僕の気を、ひくため……に……」
「嘘ではありません、殿下。これは私の本心です」

 架空の不敬罪で追放まで命じられてなお、未だに私の気持ちが彼にあるのだと疑っていないことに、逆にこちらが驚いてしまう。

 そんなことも分からないなんて呆れを通り越して、彼が国王となるバルバーリ王国の行く末が心配になるくらいだわ。

 人の気持ちをくみ取るなど、国王が一番必要とされている能力のはずなのに。

 それに、リズリー殿下が私に拒まれ、これほどまでショックを受けているのが理解できない。
 彼にとって私なんて、嬉々として追放を提案できるほど、どうでもいい人間だったはずでしょう?

「私たちの婚約は、古き盟約によって結ばれたものです。始めからお互いに恋愛感情などもっていないのは、仕方ないでしょう。でも私は……共にいれば、いつかは芽生える愛情もあるだろうと、政略結婚とはいえこれから先、共に国を治めていく夫婦として、強い絆が生まれるだろうと……そのような関係でありたいと、思っておりました」

 本当にそう思っていた。

 アランへの恋心はあったけれど、それを突き通すほど公爵令嬢という立場を軽視していない。
 公爵家に生まれた以上、課された務めは果たすつもりでいた。

 きっとそれが私にとって、クロージック家にとって、国にとって、良い方向に向かうのだと信じていたから。

 だけど、

「……殿下は違いました。貴方さまは、私が精霊魔法が使えない無能力者だからと、つまらない女だからとマルティを選んだ。そして二人で婚約破棄を画策され、よりによって殿下自身が私の追放を口にされました」
「……き、聞いていたのか?」
「はい。その時に思ったのです。私は殿下に、暗に『死ねば良い』と思われているほど、疎まれているのだと。そんな相手に、何故愛情を持ち続けることが出来るとお思いなのですか? 私の今までの行動全てが、何故貴方さまの気を引くためだと思い込めるのですか⁉」

 今までずっと見ないふりをしてしまい込んでいた悲しみや辛さが、怒りとなって噴出する。
 両手をテーブルにつくと、私は立ち上がって叫んだ。

「ご理解出来ないのなら、何度でもお伝えいたします! 私は、今まで一度もリズリー殿下を愛したことはございませんし、私は自らの意思で追放を選び、フォレスティ王国にやってきたのです! 貴方さまやマルティから、クロージック家から自由になるために‼」
「た、確かにあの時は、マルティの言葉に乗せられてしまった……けれど今は違うっ‼ 今の君なら愛せるっ‼ 二度と君を手放したりしないし、大切にすると誓う! 何ならマルティ以上にあいし――」
「アラン殿下は、バルバーリ王国を出た頃の私を見ても、今の私を見ても、何一つ私に対する態度を変えられませんでしたよ。今の貴方さまのように」

 リズリー殿下の瞬きと言葉が止まった。
 今まで部屋中に響いていた殿下の大声が、一変、不気味なほどの沈黙へと変わる。

 返す言葉を失った彼を一瞥すると、今まで私たちの会話を黙って見守っていたアランの方を見る。私の動きに気付いたのか、ほぼ同じタイミングでこちらを向いたアランと視線が合った。

 ずっと握り合っていた彼の手が離れ、そっと私の頬を撫でる。

「だって、どんな姿や格好をしていても、エヴァはエヴァ、だからな」

 演技とは思えない自然なはにかみに、私もつられて唇が緩む。頬に触れている彼の手の甲に、自分の手を重ねると、その温もりを余すことなく頬で感じるため瞳を閉じた。

 大きな手のひらから、温もりが伝わってくる。

 守られるような安心感と、それ以上の愛おしさが、心一杯に溢れて堪らなくなる。こうして大好きな人の体温を感じていると、頭の芯が多幸感で熱く痺れているのに、胸の奥が締め付けられるように切なくなる。

「……エヴァ、本気なのか? 本気で、その男、を……」

 今まで脳内お花畑だったリズリー殿下が、ようやく現実を認知したのだろう。
 まるで脅すような低い声色で、私に問う。

 以前の私なら、そんな殿下の怒りに、恐怖を覚えていたと思う。

 だけど今は違う。
 
 私はゆっくりと瞳を開き、優しく見下ろす青い瞳を見つめる。

 愛おしい人が、味方としてそばにいる。
 大きな手が、私を守ってくれている。

 それは、大きな自信と強さとなった。

 アランは相思相愛の演技をすればいいと言った。そのために婚約者としての振る舞いを練習してきたけれど、よく考えたら必要なかったかもしれない。

 だって、本当に彼のことが好きだから。
 私はその気持ちを素直に表に出せばいいだけなのだから。

 演技でもなんでもない、私の本心を――

「私は、アラン殿下を愛しております」
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