精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました
第65話 本当に私たちと同じ世界線で生きているの?
「引き渡しを拒否する……だと?」
リズリー殿下はしばらく固まっていた。
口を半開きにし、今聞いた発言が信じられないとばかりに、アランを凝視している。
しかしアランの反応に変化がなく本気だと感じ取ったのか、今度は縋り付くような視線を私に向けた。
「え、エヴァ……君は? き、君は、バルバーリ王国に戻りたいだろう?」
「いいえ、リズリー殿下。私はバルバーリ王国に戻るつもりは微塵もございません。ここフォレスティ王国で生きていく所存でございます」
「な、何故……わざわざ迎えに来てやったんだぞ⁉」
「ならば、お手を煩わせてしまい、申し訳ございませんでした。殿下のお心遣いに感謝いたします」
恩着せがましい言葉に対し、事務的に感謝を述べると、殿下の肩が小刻みに震え出した。自分の思い通りにならなくて、かなり苛立っているみたい。
不思議で堪らない。
何故殿下は、私に断られる可能性を想定していなかったのかしら。
あんな扱いを受けて、あんな雑な言い訳をされて、私が、そういうことでしたかごめんなさい、と簡単に納得して、バルバーリ王国に帰るとでも思っていたの?
その時、怒りを見せていた殿下が、フッと小さく笑った。肩の震えも止まっている。
「……エヴァ、君と二人きりで話がしたい」
「え?」
予想もしなかった申し出に、私は思わず声を上げた。
私が返答するよりも早く、アランが首を横に振る。
「悪いがリズリー、それは許可出来ない。エヴァと話したいなら、俺の前で話せば良いだろう?」
「それが、彼女にとって不都合な結果になってもか?」
緑色の瞳が、探るようにこちらを見た。
さっきまで思い通りにならなくて苛立っていたのに、今のこの余裕に満ちた表情は何なの?
とはいえ、彼の言う不都合な結果というものに、心当たりは全くない。何一つ、やましいことをしていない以上、彼の脅しに屈する道理もないわけで。
私は真っ直ぐにリズリー殿下を見据えると、ハッキリと言った。
「貴方さまが仰る、不都合な結果というものに心当たりはありません。お話なら、アラン殿下の前でお願いいたします」
「そうか。君がそう言うなら、まあいいだろう」
不敵に笑うリズリー殿下。
何も悪いことはしていないと分かっているのに、彼の謎の自信が不気味すぎる。
どんな発言が飛び出すのかと身構えた時、殿下の口角がニヤリと上がった。
「もう気は済んだか、エヴァ?」
……は?
意味が分からない、という気持ちが、顔に出てしまったのだろう。リズリー殿下は、私に向かって僅かに身を乗り出すと、何故か柔らかく微笑まれた。
「僕の気を引くことにだよ。マルティばかり可愛がっていたからね。それでヤキモチを焼いて、僕の気を引くために、こんなことをしてるんだろ?」
……は?
…………は?
私の疑問と気持ちを置いていったまま、リズリー殿下が一人でベラベラと話し続ける。
「確かに、バルバーリ王国にいたときの君は、地味でパッとしない容姿だったし、僕の言うことに従わない可愛げのない女性だと思っていたよ。だけど今ここで再会して、生まれ変わったように美しくなっていて驚いたよ。僕の婚約者、いや妻になるに相応しい女性になったね、エヴァ」
……は?
…………は?
………………はい?
今までマルティだけに見せていた甘い表情を私に向けながら、殿下が手を差し伸べた。
「僕の気を引く目的は充分に果たしたよ。だからもうこんな馬鹿げた茶番は止めて、僕とバルバーリ王国に帰ろう。国に戻ったら、たくさん愛してあげるから」
「……リズリー殿下、一つお聞きしたいことがあります。それが……私にとっての『不都合な結果』とやらでしょうか?」
「ああ、そうだよ。まさかアランも、僕の気を引くために君が彼の婚約者になったなんて真実、知りたくなかっただろう?」
ど、どうしよう……言葉が通じる自信がない。
リズリー殿下は、本当に私たちと同じ世界線で生きているの?
酷い妄想を聞かされ、頭が痛くなってきた。
チラッと横にいるアランを見ると、彼は俯いていた。
時折肩が震えているし、握り合ったままの手にも痛いほど力が込められている。
かなり怒っているみたい。
リズリー殿下は殿下で、差しだした手を早くとるようにと、指先をクイクイ動かしている。
それを視界に映したアランが、勢いよく顔を上げた。
「あんた、いい加減に――」
「リズリー殿下、今ここでハッキリさせておきたいことがございます」
私は、相手のあまりの身勝手さに叫び出しそうになったアランの言葉を遮った。
あなたがどの世界線のエヴァの話をしているかは知らない。
けれど、少なくともこの世界線のエヴァは違う。
その脳内に咲き乱れるお花畑を全て焼き払い、残った荒れ地に私の本心を植え付けてやるわ!
「殿下の婚約者となってから今の今まで、私は一度も貴方さまを愛したことはございません」
「……へ?」
部屋に響いたリズリー殿下の間の抜けた声は、まるで私が婚約破棄された夜会で、追放を選んだ時に発したものと同じように聞こえた。
リズリー殿下はしばらく固まっていた。
口を半開きにし、今聞いた発言が信じられないとばかりに、アランを凝視している。
しかしアランの反応に変化がなく本気だと感じ取ったのか、今度は縋り付くような視線を私に向けた。
「え、エヴァ……君は? き、君は、バルバーリ王国に戻りたいだろう?」
「いいえ、リズリー殿下。私はバルバーリ王国に戻るつもりは微塵もございません。ここフォレスティ王国で生きていく所存でございます」
「な、何故……わざわざ迎えに来てやったんだぞ⁉」
「ならば、お手を煩わせてしまい、申し訳ございませんでした。殿下のお心遣いに感謝いたします」
恩着せがましい言葉に対し、事務的に感謝を述べると、殿下の肩が小刻みに震え出した。自分の思い通りにならなくて、かなり苛立っているみたい。
不思議で堪らない。
何故殿下は、私に断られる可能性を想定していなかったのかしら。
あんな扱いを受けて、あんな雑な言い訳をされて、私が、そういうことでしたかごめんなさい、と簡単に納得して、バルバーリ王国に帰るとでも思っていたの?
その時、怒りを見せていた殿下が、フッと小さく笑った。肩の震えも止まっている。
「……エヴァ、君と二人きりで話がしたい」
「え?」
予想もしなかった申し出に、私は思わず声を上げた。
私が返答するよりも早く、アランが首を横に振る。
「悪いがリズリー、それは許可出来ない。エヴァと話したいなら、俺の前で話せば良いだろう?」
「それが、彼女にとって不都合な結果になってもか?」
緑色の瞳が、探るようにこちらを見た。
さっきまで思い通りにならなくて苛立っていたのに、今のこの余裕に満ちた表情は何なの?
とはいえ、彼の言う不都合な結果というものに、心当たりは全くない。何一つ、やましいことをしていない以上、彼の脅しに屈する道理もないわけで。
私は真っ直ぐにリズリー殿下を見据えると、ハッキリと言った。
「貴方さまが仰る、不都合な結果というものに心当たりはありません。お話なら、アラン殿下の前でお願いいたします」
「そうか。君がそう言うなら、まあいいだろう」
不敵に笑うリズリー殿下。
何も悪いことはしていないと分かっているのに、彼の謎の自信が不気味すぎる。
どんな発言が飛び出すのかと身構えた時、殿下の口角がニヤリと上がった。
「もう気は済んだか、エヴァ?」
……は?
意味が分からない、という気持ちが、顔に出てしまったのだろう。リズリー殿下は、私に向かって僅かに身を乗り出すと、何故か柔らかく微笑まれた。
「僕の気を引くことにだよ。マルティばかり可愛がっていたからね。それでヤキモチを焼いて、僕の気を引くために、こんなことをしてるんだろ?」
……は?
…………は?
私の疑問と気持ちを置いていったまま、リズリー殿下が一人でベラベラと話し続ける。
「確かに、バルバーリ王国にいたときの君は、地味でパッとしない容姿だったし、僕の言うことに従わない可愛げのない女性だと思っていたよ。だけど今ここで再会して、生まれ変わったように美しくなっていて驚いたよ。僕の婚約者、いや妻になるに相応しい女性になったね、エヴァ」
……は?
…………は?
………………はい?
今までマルティだけに見せていた甘い表情を私に向けながら、殿下が手を差し伸べた。
「僕の気を引く目的は充分に果たしたよ。だからもうこんな馬鹿げた茶番は止めて、僕とバルバーリ王国に帰ろう。国に戻ったら、たくさん愛してあげるから」
「……リズリー殿下、一つお聞きしたいことがあります。それが……私にとっての『不都合な結果』とやらでしょうか?」
「ああ、そうだよ。まさかアランも、僕の気を引くために君が彼の婚約者になったなんて真実、知りたくなかっただろう?」
ど、どうしよう……言葉が通じる自信がない。
リズリー殿下は、本当に私たちと同じ世界線で生きているの?
酷い妄想を聞かされ、頭が痛くなってきた。
チラッと横にいるアランを見ると、彼は俯いていた。
時折肩が震えているし、握り合ったままの手にも痛いほど力が込められている。
かなり怒っているみたい。
リズリー殿下は殿下で、差しだした手を早くとるようにと、指先をクイクイ動かしている。
それを視界に映したアランが、勢いよく顔を上げた。
「あんた、いい加減に――」
「リズリー殿下、今ここでハッキリさせておきたいことがございます」
私は、相手のあまりの身勝手さに叫び出しそうになったアランの言葉を遮った。
あなたがどの世界線のエヴァの話をしているかは知らない。
けれど、少なくともこの世界線のエヴァは違う。
その脳内に咲き乱れるお花畑を全て焼き払い、残った荒れ地に私の本心を植え付けてやるわ!
「殿下の婚約者となってから今の今まで、私は一度も貴方さまを愛したことはございません」
「……へ?」
部屋に響いたリズリー殿下の間の抜けた声は、まるで私が婚約破棄された夜会で、追放を選んだ時に発したものと同じように聞こえた。