精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました

第68話 今度はあなたが選ぶ番よ

「ギアスと霊具を捨て……ろ、だと?」

 リズリー殿下の唇がワナワナと震えだした。
 声色と表情は、怒りというよりも不安と恐怖が伝わってくる。

 まさか、私がこんな要求をするとは思ってもいなかったのだろう。

 私は彼の呟きに似た反芻に、大きく頷いた。

「はい、そうです。ギアスと霊具を捨て、フォレスティ王国や他国のように、精霊から力を借りる本来の精霊魔法を使う国に変わって頂きたいのです」
「む、無理だ、そんなことっ‼ ギアスと霊具を使った精霊魔法は、バルバーリ王国の生活に深く入り込んでいる。それを今更なくせなど……突然精霊魔法が使えなくなった以上の混乱が、国内で起こるっ!」

 精霊如きの機嫌を伺い、力を借りるような精霊魔法など……と、殿下は憎々しげに呟いた。

 その精霊がいなければ、そもそも精霊魔法自体が使えない事実は、見えていないのかしら?

 精霊がいなくなったから、今国内で起こっている混乱が発生しているというのに。

 私は、カレイドス先生の話を思い出しながら、殿下の言葉に反論する。

「確かに、しばらくは魔法を使えなくて大変でしょう。しかし精霊は寛大です。今までギアスを使っていたバルバーリ王国の人間でも、心を改め、精霊を大切にする気持ちを持てば、精霊は力を貸してくれます」
「だ、駄目だっ! それだけは……」
「……出来る出来ないと言う理由ではなく、したくないみたいだな。『霊具工匠』から得られる利益を失うのが、それほど怖いのか?」

 私たちの会話に、アランが入ってきた。

 リズリー殿下を見つめる青い瞳は、軽蔑するように細められている。アランの言葉に、リズリー殿下は僅かに浮かしていた腰を落とすと、手元をジッと見つめた。

 バルバーリ王国内での霊具の生産は、王家が許可した工房でしか許されていない。

 そんな中、唯一霊具の生産を許可されているのが、『霊具工匠』だ。霊具自体、ここと関連したお店でしか売っていないため、霊具市場は霊具工匠によって独占されていた。
 
 バルバーリ王家は霊具工匠に霊具の独占生産を許可する代わりに、莫大な利益を受け取っていて、王家の重要な収入の一つになっているのだ。

 霊具とギアスを捨てさせるということは、王家が受け取っていた膨大なお金を放棄させるということであり、下手すれば、国内の貴族勢力のバランスが変わる可能性もある。

 本当に困るのは国民ではなく、霊具で利益を貪っていた者たち――バルバーリ王家。

 もちろん王家が打撃を受ければ、甘い汁を吸っていた王家派閥の貴族たちやクロージック家も、ただでは済まない。

「やはりバルバーリ王家は、自分たちの保身ばかりだな。それほど身を切るのが怖いのか? 国から追放されたエヴァですら、精霊がいなくなったバルバーリ王国の国民たちの未来を案じているのに」
「な、なら、エヴァが戻ってこれば、全て解決するだろっ!」
「彼女が出した提案は、バルバーリ王家が保身に走ることでとばっちりを受ける国民への慈悲だ。俺がエヴァなら、自分を虐げてきた国に、救いの手など差し伸べない。あなたも、エヴァの立場を自身に重ねて考えてみるといい――って、ああ、すまない。考えられていたら、あなたは今、ここにはいなかったな」
「なん、だと……?」

 アランの挑発に、顔を真っ赤にした殿下が勢いよく顔を上げて睨みつけた。余裕の笑みを浮かべたアランが、また何か言いそうだったけれど、私の発言がそれを遮る。

「リズリー殿下、よくお考えください。一国の存続が、たった一人の女の存在によって左右されること自体が、まずおかしいのです」

 二十五年前、バルバーリ王国内で精霊が不足したときは、その三年後、私が生まれたことで乗り越えられた。でも次も、精霊女王の生まれ変わりがバルバーリ国内で生まれる可能性は絶対じゃない。

 いつ失われるか分からない存在が国の根幹だなんて、不安しかない。

 確かに、あれだけ生活に根付いたギアスと霊具を捨てることは大変だと思う。

 だけど本来の精霊魔法に変われば、精霊不足に怯える必要もなくなるし、精霊魔法の効果をあげるために心を磨く人々も増えれば、精霊たちも集まってくる。

 結果的にバルバーリ王国は、今よりもずっと安定した国になるだろう。

 精霊女王の力に頼る必要がなくなれば、私を追う理由もなくなる。

 今後、私が産みだした精霊たちは、バルバーリ王国に囚われることなく世界中に広がり、人々の助けになるはず。
 
 私の要求は、間違っていない。

 だから――

「今こそ、バルバーリ王国の精霊魔法を正しい形に。どうかご決断を、殿下」

 ギアスと霊具を捨て、精霊と共存する国に。
 ここ、フォレスティ王国のように。
 
 私は席を立った。
 リズリー殿下が、慌てて私に声をかける。

「ど、どこにいく、エヴァ! 話はまだ終わって――」
「いいえ、私は終わりました。これ以上、貴方さまとお話することはございません。お返事は、アラン殿下にお願いいたします」

 そう言ってカーテシーをすると、私は殿下に背を向けた。

 背中の方から私を引き留める声が聞こえてきたけれど、それも廊下を出てドアを閉めると一切聞こえなくなった。

 今出てきた部屋の扉を、ゆっくりと振り返る。

『ではお前に選ばせてやろう』

 婚約破棄された夜会で発言されたリズリー殿下の言葉がよぎる。

 あなたはあの時、私に国外追放かマルティの奴隷になるかを迫った。
 だけど、

(今度はあなたが選ぶ番よ)

 バルバーリ王国の滅亡か、存続かを――
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