精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました
第75話 それが彼女の幸せに繋がるのなら(別視点)
立ち去ったエヴァの後を追うため、リズリーは部屋を出ようとドアに手を伸ばした。しかしアランが扉の前に立ち塞がり、行く手を阻む。
「そこを退いて貰えないか、アラン」
「エヴァは、あなたとこれ以上の対話を望んでいない」
しばらく無言で睨み合っていた二人だったが、先に諦めたのはリズリーだった。
整えられた横の髪をクシャリと掻き上げると、わざとらしく音を立てて息を吐き出し、元の席に着いた。
それを見たアランも一瞬だけ肩の力を抜くと、自分の椅子に戻った。組んだ腿の上で両手の指の腹を合わせると、話を切り出す。
「エヴァは渡さない。彼女にバルバーリ王国を救って欲しければ、ギアスと霊具を捨てろ。話は以上だ。お引き取り願おう」
「エヴァは、精霊女王の力を狙ったあなたとフォレスティ王家に騙され、利用されているんだっ‼ 一体彼女に、何を吹き込んだ!」
「その台詞、そっくりそのままお返しするよ。どちらにしても、これ以上の話し合いは双方にとっても無駄だ。今、あなたに出来ることは、できるだけ早く祖国に戻り、エヴァの提案を受け入れるよう周囲に働きかけることだと思うが?」
「霊具とギアスを捨てるなど、出来るわけがないだろう! 必ずエヴァを連れて帰る! 何としてでもだっ‼」
エヴァを連れ戻すという王命が達成出来なければ、王太子という立場も危ういのだ。
リズリーが必死になるのも仕方がなかった。
それと同時に、
(僕の前では、一度も見せたことのない表情をして……)
頬にキスされ、恥ずかしそうに赤面するエヴァを思い出すと、激しい嫉妬が沸き起こる。
本来であれば、あの顔は自分に向けられていたものだったはずだ。
自分のものだったはずの彼女の美しさも力も、目の前の男にかっさらわれたのだと思うと、頭の芯が怒りで焼き切れそうになる。
何としてでも? と、アランはリズリーの発言の一部を反芻すると、片眉をあげた。
「他国の婚約者を無理矢理連れ去るつもりか? そんなことをすれば、周辺諸国からのバルバーリ王家への批難は避けられないと思うが?」
他人のものを勝手に取ってはいけないと習わなかったのか? と皮肉混じりに言われ、リズリーは顔を真っ赤にした。
しかし反論はできなかった。
ただでさえ、バルバーリ王国が過去に行った精霊狩りによって、周辺諸国から目を付けられている。
そんな中、フォレスティ王家の婚約者を無理矢理連れ去ったと知られれば、批判が相次ぐのは目に見えている。
(だが、他国の批判を気にしなければならないのは、フォレスティ王国も同じ)
悔しそうに歪んでいたリズリーの唇が、僅かに緩む。
「他国からの目を気にするなら、フォレスティ王国も一緒だろ? エヴァは不敬罪で追放されたんだ。フォレスティ王家は、罪人を王族に迎え入れるのか? フォレスティ王国への信頼も失墜すると思われるが?」
さあどうする、とリズリーが視線で返答を迫ると、アランは深くため息をついた。
アランの挙動を見て、勝利を確信する。
やはり相手も王家の人間。
他国の罪人を、正妻になどできないのだと。
だが、
「……あんた、そんな風にしかエヴァを見ていないのか?」
話し合いの場とは思えないほどの崩した態度で、アランは頬杖をついていた。どう見ても、リズリーの発言に屈したようには思えない。
アランはもう一度大きなため息をつくと一変、姿勢を正した。
「エヴァを罪人だと言うが、あんたが架空の不敬罪をでっち上げたことは分かっている。それに、例え他国がバルバーリ王国の情報を鵜呑みにし、エヴァとの婚約を咎めても、俺は彼女を手放すつもりはない。エヴァを婚約者にすることで、フォレスティ王家が批判されるというなら――」
鋭い視線が、リズリーを真っ直ぐ見据える。
「俺はフォレスティ王家と決別してもいい。それが彼女の幸せに繋がるのなら」
十年間、クロージック家で使用人として働き続けてきたアランにとって、王族の暮らしに未練はない。
家族と表だって会えなくなるのは寂しいが、一生会えないわけでもない。
エヴァと助け合いながら、慎ましくも楽しく暮らすことができれば、それでいい。
今度こそ――彼女が幸せになれるのなら。
「心から愛した相手なら、どんな苦難があっても添い遂げようと思うはずだ。あんたもそう思うだろ?」
「も、もちろん、だ……」
「同意見で良かったよ、リズリー」
アランが薄く笑う。
対抗心から頷いてはみたが、リズリーの内心は穏やかではなかった。
王族という恵まれた地位と環境を、たった一人の女のために捨てるなど、リズリーには狂気の沙汰としか思えなかったのだ。
自分だってエヴァを手に入れたいと思うが、そのためにバルバーリ王家を捨てるとなると、話は変わってくる。
もちろん、相手がマルティであっても同じだ。
誰しも、自分が一番可愛いのだから。
目の前の男が、それほどまでしてエヴァを求める理由が、リズリーにはどうしても理解できなかった。
「そこを退いて貰えないか、アラン」
「エヴァは、あなたとこれ以上の対話を望んでいない」
しばらく無言で睨み合っていた二人だったが、先に諦めたのはリズリーだった。
整えられた横の髪をクシャリと掻き上げると、わざとらしく音を立てて息を吐き出し、元の席に着いた。
それを見たアランも一瞬だけ肩の力を抜くと、自分の椅子に戻った。組んだ腿の上で両手の指の腹を合わせると、話を切り出す。
「エヴァは渡さない。彼女にバルバーリ王国を救って欲しければ、ギアスと霊具を捨てろ。話は以上だ。お引き取り願おう」
「エヴァは、精霊女王の力を狙ったあなたとフォレスティ王家に騙され、利用されているんだっ‼ 一体彼女に、何を吹き込んだ!」
「その台詞、そっくりそのままお返しするよ。どちらにしても、これ以上の話し合いは双方にとっても無駄だ。今、あなたに出来ることは、できるだけ早く祖国に戻り、エヴァの提案を受け入れるよう周囲に働きかけることだと思うが?」
「霊具とギアスを捨てるなど、出来るわけがないだろう! 必ずエヴァを連れて帰る! 何としてでもだっ‼」
エヴァを連れ戻すという王命が達成出来なければ、王太子という立場も危ういのだ。
リズリーが必死になるのも仕方がなかった。
それと同時に、
(僕の前では、一度も見せたことのない表情をして……)
頬にキスされ、恥ずかしそうに赤面するエヴァを思い出すと、激しい嫉妬が沸き起こる。
本来であれば、あの顔は自分に向けられていたものだったはずだ。
自分のものだったはずの彼女の美しさも力も、目の前の男にかっさらわれたのだと思うと、頭の芯が怒りで焼き切れそうになる。
何としてでも? と、アランはリズリーの発言の一部を反芻すると、片眉をあげた。
「他国の婚約者を無理矢理連れ去るつもりか? そんなことをすれば、周辺諸国からのバルバーリ王家への批難は避けられないと思うが?」
他人のものを勝手に取ってはいけないと習わなかったのか? と皮肉混じりに言われ、リズリーは顔を真っ赤にした。
しかし反論はできなかった。
ただでさえ、バルバーリ王国が過去に行った精霊狩りによって、周辺諸国から目を付けられている。
そんな中、フォレスティ王家の婚約者を無理矢理連れ去ったと知られれば、批判が相次ぐのは目に見えている。
(だが、他国の批判を気にしなければならないのは、フォレスティ王国も同じ)
悔しそうに歪んでいたリズリーの唇が、僅かに緩む。
「他国からの目を気にするなら、フォレスティ王国も一緒だろ? エヴァは不敬罪で追放されたんだ。フォレスティ王家は、罪人を王族に迎え入れるのか? フォレスティ王国への信頼も失墜すると思われるが?」
さあどうする、とリズリーが視線で返答を迫ると、アランは深くため息をついた。
アランの挙動を見て、勝利を確信する。
やはり相手も王家の人間。
他国の罪人を、正妻になどできないのだと。
だが、
「……あんた、そんな風にしかエヴァを見ていないのか?」
話し合いの場とは思えないほどの崩した態度で、アランは頬杖をついていた。どう見ても、リズリーの発言に屈したようには思えない。
アランはもう一度大きなため息をつくと一変、姿勢を正した。
「エヴァを罪人だと言うが、あんたが架空の不敬罪をでっち上げたことは分かっている。それに、例え他国がバルバーリ王国の情報を鵜呑みにし、エヴァとの婚約を咎めても、俺は彼女を手放すつもりはない。エヴァを婚約者にすることで、フォレスティ王家が批判されるというなら――」
鋭い視線が、リズリーを真っ直ぐ見据える。
「俺はフォレスティ王家と決別してもいい。それが彼女の幸せに繋がるのなら」
十年間、クロージック家で使用人として働き続けてきたアランにとって、王族の暮らしに未練はない。
家族と表だって会えなくなるのは寂しいが、一生会えないわけでもない。
エヴァと助け合いながら、慎ましくも楽しく暮らすことができれば、それでいい。
今度こそ――彼女が幸せになれるのなら。
「心から愛した相手なら、どんな苦難があっても添い遂げようと思うはずだ。あんたもそう思うだろ?」
「も、もちろん、だ……」
「同意見で良かったよ、リズリー」
アランが薄く笑う。
対抗心から頷いてはみたが、リズリーの内心は穏やかではなかった。
王族という恵まれた地位と環境を、たった一人の女のために捨てるなど、リズリーには狂気の沙汰としか思えなかったのだ。
自分だってエヴァを手に入れたいと思うが、そのためにバルバーリ王家を捨てるとなると、話は変わってくる。
もちろん、相手がマルティであっても同じだ。
誰しも、自分が一番可愛いのだから。
目の前の男が、それほどまでしてエヴァを求める理由が、リズリーにはどうしても理解できなかった。