精霊魔法が使えない無能だと婚約破棄されたので、義妹の奴隷になるより追放を選びました
第91話 知略の無駄遣い(別視点)
アランの顔から血の気が引く。
「え、エヴァ……いつから、ここ、に?」
「えっと……す、少し前ぐらいから。イグニス陛下から、執務室に来て欲しいと御伝言を頂いたから……」
「……ちなみに、俺たちの会話、いつから聞いて……た?」
「……『それに、寝室を一緒になんて』ぐらいから……」
アランの目の前がぐらっと揺れた。
エヴァが部屋にやってきたとき、イグニスと激しく言い合っていたため、気付かなかったのだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。
問題なのは、彼女の前では良い姿を見せていたいのに、兄の前でキャンキャンと子犬のように叫ぶ姿や、エヴァに抱くふしだらな気持ちを、知られてしまったことだ。
一生の不覚と言ってもいい。
固まっているアランと、顔を真っ赤にしているエヴァに、場の空気を読まないイグニスの声が届く。
「話がわき道に逸れたが、アラン。お前の話は、エヴァを本当の婚約者として迎えたいという話だったな?」
「一言も言ってない! 俺は、婚約者の『こ』の字も言ってない!」
「それに関しては、フォレスティ王家としては全くもって問題はない。国王として二人を祝福しよう」
「兄さん、その言葉はありがたいけど、ちょっとは俺の話聞こうかっ‼」
だがイグニスは、アランの泣きそうな声を聞こえてなかったのかと思えるほど自然な形で無視すると、アワアワしているエヴァに、すまなそうな表情を向けた。
「ただエヴァ、あなたをアランの婚約者として国内に発表するためには、新たな身分や教育など、王家の人間の婚約者として相応しい環境を整える必要がある。それまで待って貰えるだろうか?」
「も、もちろんです! それで、私は何をすればいいのでしょうか?」
「教育係や養女として迎え入れる家の選定などは終わっているから、君には、王族の一員として様々な教育を受けて貰うことになるだろう。覚えることも多く、大変だとは思うが」
「滅相もございません。私のような者に教育の機会を頂き、陛下のお心使いに感謝いたします」
深々と頭を下げるエヴァの謙虚な態度に、イグニスは瞳を細めながら頷いた。そして、まだ固まっているアランを一瞥して肩を竦めると、呆れた様子でエヴァに笑いかけた。
「ということで、こんな煩悩塗れな弟だが、末永くよろしく頼むよ、エヴァ」
「兄さんっ‼ 全部分かってただろっ‼ 俺の話が、エヴァを本当の婚約者にしたいという話だって分かっていながら、寝室の話なんて振ってきたんだろ⁉」
「さて、何の話だろうか?」
相変わらずすっとぼける兄に、怒りを通り越して呆れてしまう。
(……ったく! 兄さんのやつ……エヴァも、何であんなタイミングで俺の後ろに……って、あれ?)
ふと、アランの中で何かが引っかかった。
普通来客があれば、護衛が部屋主に声をかけ、入室の許可を貰う。
だがエヴァは後ろにいた。
もちろん、エヴァの来訪を護衛が告げる声もしなかったし、彼女が許可も得ずに勝手に中に入るなどという無作法なことをするわけもない。
エヴァは事前にイグニスから、執務室に着いたら静かに中に入るように言われていたのではないか。恐らく、アランが来る前か、それかアランと交代する形で部屋を出て行った補佐官によって伝えられたのだろう。
なら別に疑問が出る。
そもそもアランは、イグニスに事前に話す内容を伝えていない。
アランがエヴァとのことを話したのは、イグニスと対面した後。
もしエヴァがこの部屋にいた理由が、アランとの関係の進展に関係していれば、この時点でエヴァを呼びに行かせるはずだ。
だがイグニスは一歩も執務室から出ていないし、伝言をもっていく者も部屋にはいなかった。
結局、アランが来る前もしくは来た時点で、執務室に来るようエヴァに伝えられたことになる。
そこから導き出される答えは――
「すまないが、私はこれで失礼させて貰う。二人も朝食はまだだろう?」
そう言ってイグニスが立ち上がった。
アランも立ち上がると、エヴァとともに出口まで兄を見送ろうとしたが、不意にイグニスに肩を抱かれ、部屋の隅に引っ張られた。
ニマニマが抑えられない口元が、アランの耳元で囁く。
「お前が、こんな朝一で私に話をしたい内容など、エヴァと両想いになったことぐらいだからな。だから簡単に婚約の件まで予想が付いたぞ?」
「なっ⁉」
アランが驚きの声をあげたときには、すでにイグニスは隣にはいなかった。
手を振りながら部屋から出る後ろ姿に向かって、エヴァが深々と頭をさげているのが見える。
(うそ……だろ? ただ朝一で話がしたいと伝えただけで全てを見透かされていただけでなく、それを最大限に利用し、一番俺にダメージが来る形でからかってくるなんて……)
アランは戦慄した。
兄の知略の無駄遣いぶりに……
そしてもっと怖いのは――
(ちょっ、ちょっと待て。兄さんは、エヴァが俺の婚約者として相応しい環境を整えているって言ってたな? 後は、エヴァが教育を受けるだけだって……)
しかしアランがエヴァに想いを伝えたとしても、彼女が受け入れてくれる可能性は絶対ではない。
現にアランだって、返事を保留されると思っていたのだから。
だがイグニスが、エヴァをアランの正式な婚約者として迎えるための準備をしていたということは――
(……エヴァが俺の気持ちを受け入れる確信があったってこと?)
つまり、
(兄さん……エヴァの気持ちも知っていて、俺の告白が確実に成功することを知っていた? エヴァが近いうちに正式な婚約者になることが分かっていたから、準備をしていた?)
兄は全てを予見していて予め準備を――
ゾワっと鳥肌くと同時に、改めて、兄の先を見通す力と観察力に恐ろしさを抱くアランだった。
ちなみに部屋を出たイグニスは、
(アランたちが両想いになると、それをネタにからかったり、モダモダする二人を楽しめなくなると思ったが……これからも変わらず楽しめそうだな)
と考えながらニヨニヨしていたので、これからもアランの受難は続きそうだ……
「え、エヴァ……いつから、ここ、に?」
「えっと……す、少し前ぐらいから。イグニス陛下から、執務室に来て欲しいと御伝言を頂いたから……」
「……ちなみに、俺たちの会話、いつから聞いて……た?」
「……『それに、寝室を一緒になんて』ぐらいから……」
アランの目の前がぐらっと揺れた。
エヴァが部屋にやってきたとき、イグニスと激しく言い合っていたため、気付かなかったのだろう。
いや、そんなことはどうでもいい。
問題なのは、彼女の前では良い姿を見せていたいのに、兄の前でキャンキャンと子犬のように叫ぶ姿や、エヴァに抱くふしだらな気持ちを、知られてしまったことだ。
一生の不覚と言ってもいい。
固まっているアランと、顔を真っ赤にしているエヴァに、場の空気を読まないイグニスの声が届く。
「話がわき道に逸れたが、アラン。お前の話は、エヴァを本当の婚約者として迎えたいという話だったな?」
「一言も言ってない! 俺は、婚約者の『こ』の字も言ってない!」
「それに関しては、フォレスティ王家としては全くもって問題はない。国王として二人を祝福しよう」
「兄さん、その言葉はありがたいけど、ちょっとは俺の話聞こうかっ‼」
だがイグニスは、アランの泣きそうな声を聞こえてなかったのかと思えるほど自然な形で無視すると、アワアワしているエヴァに、すまなそうな表情を向けた。
「ただエヴァ、あなたをアランの婚約者として国内に発表するためには、新たな身分や教育など、王家の人間の婚約者として相応しい環境を整える必要がある。それまで待って貰えるだろうか?」
「も、もちろんです! それで、私は何をすればいいのでしょうか?」
「教育係や養女として迎え入れる家の選定などは終わっているから、君には、王族の一員として様々な教育を受けて貰うことになるだろう。覚えることも多く、大変だとは思うが」
「滅相もございません。私のような者に教育の機会を頂き、陛下のお心使いに感謝いたします」
深々と頭を下げるエヴァの謙虚な態度に、イグニスは瞳を細めながら頷いた。そして、まだ固まっているアランを一瞥して肩を竦めると、呆れた様子でエヴァに笑いかけた。
「ということで、こんな煩悩塗れな弟だが、末永くよろしく頼むよ、エヴァ」
「兄さんっ‼ 全部分かってただろっ‼ 俺の話が、エヴァを本当の婚約者にしたいという話だって分かっていながら、寝室の話なんて振ってきたんだろ⁉」
「さて、何の話だろうか?」
相変わらずすっとぼける兄に、怒りを通り越して呆れてしまう。
(……ったく! 兄さんのやつ……エヴァも、何であんなタイミングで俺の後ろに……って、あれ?)
ふと、アランの中で何かが引っかかった。
普通来客があれば、護衛が部屋主に声をかけ、入室の許可を貰う。
だがエヴァは後ろにいた。
もちろん、エヴァの来訪を護衛が告げる声もしなかったし、彼女が許可も得ずに勝手に中に入るなどという無作法なことをするわけもない。
エヴァは事前にイグニスから、執務室に着いたら静かに中に入るように言われていたのではないか。恐らく、アランが来る前か、それかアランと交代する形で部屋を出て行った補佐官によって伝えられたのだろう。
なら別に疑問が出る。
そもそもアランは、イグニスに事前に話す内容を伝えていない。
アランがエヴァとのことを話したのは、イグニスと対面した後。
もしエヴァがこの部屋にいた理由が、アランとの関係の進展に関係していれば、この時点でエヴァを呼びに行かせるはずだ。
だがイグニスは一歩も執務室から出ていないし、伝言をもっていく者も部屋にはいなかった。
結局、アランが来る前もしくは来た時点で、執務室に来るようエヴァに伝えられたことになる。
そこから導き出される答えは――
「すまないが、私はこれで失礼させて貰う。二人も朝食はまだだろう?」
そう言ってイグニスが立ち上がった。
アランも立ち上がると、エヴァとともに出口まで兄を見送ろうとしたが、不意にイグニスに肩を抱かれ、部屋の隅に引っ張られた。
ニマニマが抑えられない口元が、アランの耳元で囁く。
「お前が、こんな朝一で私に話をしたい内容など、エヴァと両想いになったことぐらいだからな。だから簡単に婚約の件まで予想が付いたぞ?」
「なっ⁉」
アランが驚きの声をあげたときには、すでにイグニスは隣にはいなかった。
手を振りながら部屋から出る後ろ姿に向かって、エヴァが深々と頭をさげているのが見える。
(うそ……だろ? ただ朝一で話がしたいと伝えただけで全てを見透かされていただけでなく、それを最大限に利用し、一番俺にダメージが来る形でからかってくるなんて……)
アランは戦慄した。
兄の知略の無駄遣いぶりに……
そしてもっと怖いのは――
(ちょっ、ちょっと待て。兄さんは、エヴァが俺の婚約者として相応しい環境を整えているって言ってたな? 後は、エヴァが教育を受けるだけだって……)
しかしアランがエヴァに想いを伝えたとしても、彼女が受け入れてくれる可能性は絶対ではない。
現にアランだって、返事を保留されると思っていたのだから。
だがイグニスが、エヴァをアランの正式な婚約者として迎えるための準備をしていたということは――
(……エヴァが俺の気持ちを受け入れる確信があったってこと?)
つまり、
(兄さん……エヴァの気持ちも知っていて、俺の告白が確実に成功することを知っていた? エヴァが近いうちに正式な婚約者になることが分かっていたから、準備をしていた?)
兄は全てを予見していて予め準備を――
ゾワっと鳥肌くと同時に、改めて、兄の先を見通す力と観察力に恐ろしさを抱くアランだった。
ちなみに部屋を出たイグニスは、
(アランたちが両想いになると、それをネタにからかったり、モダモダする二人を楽しめなくなると思ったが……これからも変わらず楽しめそうだな)
と考えながらニヨニヨしていたので、これからもアランの受難は続きそうだ……