旅先恋愛~一夜の秘め事~
9.綻びのはじまり
五月に入り、街中には新緑が溢れ、明るい雰囲気が漂っている。

時折悪阻がつらい日もあるが、今のところ勤務に支障は出ていない。


私たちの結婚は秘書課だけに知らされ、他言無用が言い渡されていた。

籍がある子会社にも暁さんから上層部に報告し、口止めを頼んだらしい。


『妊娠後期に入ったら、正式に公表したい。挙式は出産後にゆっくり考えて行おう』


椿森のご両親にも同様に伝えたそうだ。

そのため私は今も旧姓で勤務している。

相変わらず暁さんは多忙で、朝か夜のどちらかしか顔を合わせない日が多い。

彼の帰りを待たずに自分のペースで生活するようにと何度も言い含められている。


『絶対に無理はせず、体調不良のときはすぐに連絡しろよ』


毎日のように言って、体を気遣ってくれる暁さんは理想の夫だと思う。


平日は仕事がある私のため、家事もハウスクリーニングを積極的に頼むよう言われている。

一応共働きなのに家賃、光熱費、生活費、その他諸々の費用を私は負担していない。

せめて家事をしたいと伝えると、すぐに不機嫌になった。


『諸々の費用が欲しいから、家事をしてほしいから、結婚したんじゃない』


『でも、私が欲しいものや必要なものもすべて暁さんが買ってくれているし』


『それなら産まれてくる子どもと俺たちの将来のために貯蓄しておいてほしい。一番重要なのは、唯花が毎日元気でいてくれることだ』


優しい提案に甘えすぎていると思いながらも了承した。

家事は体調と相談しつつ、無理のない範囲で行っている。

ちなみに食事は、事前に彼の予定を確認して用意している。

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