旅先恋愛~一夜の秘め事~
堤さんの婚約話が現在どうなっているのか知らない。

でも私がいなければ、暁さんは堤さんとともに生きる選択ができたはずだ。

もし堤さんがまだ入籍していないのならば、今すぐ私と離れれば間に合うだろう。

堤さんの婚約者には申し訳ないが、私は自分の好きな人の幸せを願いたい。


できるならば、私がその相手になりたかった。

彼に愛される存在でありたかった。


別れる算段をしていたくせに、なぜ優しくしたの?


どうして“好き”なんて言ったの?


甘やかさないでほしかった。

大事にしないでほしかった。

馬鹿な私は勘違いをして、もう引き返せないくらい愛してしまった。


この想いは決して届かないのに。


今しがた耳にした現実に、心が悲鳴を上げて壊れていく。


……もう彼のそばにはいられない。


震える足を必死に動かし、その場を急いで離れる。

腕にかけた紙袋がとても滑稽に見えた。


ねえ麗、私の差し入れは不要だったよ。


ここにはいないハトコに心の中で呼びかける。

滲んでいく視界に比例するかのように、嗚咽が漏れそうになるのを必死に堪える。

ここでだけは泣きたくない。

泣いてはいけない。


彼にもし気づかれたら、どんな顔をすればいいのか。

再び誤魔化されでもしたら、耐えられない。

今はもうなにを、誰を、信じていいのかわからない。


グッと奥歯を噛みしめて、腕にかけた紙袋を両手で抱えなおす。

そのまま足早にエレベーターホールへと向かう。

誰にもこの会社を出るまで会いませんように、と切に願いながら。
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