旅先恋愛~一夜の秘め事~
こんな風に落ち着いた気分になるのはいつ以来だろう。


物心ついたときから俺の容姿や背負うものだけを見て、寄ってくる人間は男女問わず大勢いた。

ただ条件だけをあてはめて縁談を持ちこまれ、心底辟易していた。

俺の両親は幼い頃から決められた許嫁同士だったらしいが、ふたりは想い合って結婚した。

仲睦まじい両親は俺に伴侶選びを強要しないが、さすがに三十歳を超えた最近では、そろそろ腰を落ち着けるようにと言ってくる。

世間での俺は女嫌いで通っている。

女性に拒否反応があるわけではないが、下心が透けてみえる女性と深い関係を築きたいとは思わない。

それなりに最低限の付き合いやエスコートもしてきたが、良い思い出はほぼ皆無だ。



自社ビルの前でスマートフォンを片手にうろうろする唯花を見かけた際は、警戒した。

なんだかんだと理由をつけて取り入ろうとする輩は大勢いる。

芳賀家も例外ではない。

芳賀の奥方の話はよく知られた話だし、研修センターの視察が口実なのはわかっていた。

嬉しい誤算だったのは娘が母親に反旗を翻した点だ。

後々唯花の素性を知り、本命は唯花だったのかと身構えた。

けれど唯花は俺の猜疑心や警戒心を見事に打ち破った。

媚びもせず、ただ純粋に目的地までの行き方を知りたがっていた。

あまりに自然で無防備な姿に、なぜか世話をやきたくなり連絡先を教えた。

普段とは違う自分の行動に、俺自身が一番驚いていた。

後で堤に話すと目を丸くして秘書室長に慌てて電話していた。
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