隠れSだって、優しくしたい!!(……らしい)
・・・
「……うん、そっか。俺にされたくて、待てなかったの」
何も言ってないのに「素直に言えてえらいね」と撫でられるのは、どれが代わりになったんだろう。
滑りそうになるたび、しがみつこうとする指か。
それとも単純に、矯声を証拠とされたのか。
何にしても、そのとおりだった。
(……今日は、全開だなぁ……)
……だめだ、一穂くんがそんなモードに突入してる時にこんなこと考えてると、悪化というか激化というか、とにかくますますそんなふうになって、そのうち私がついていけなくなる――……。
「……あれ? もしかして、素直になったふりしてただけ? 」
「そ、そんなことな……い……」
ほら。
本当によく見てて、察しが良すぎる。
「碧子さんは。俺に火をつけるの、ほんと好きだね」
(……そういうわけでは……)
――ない?
「ん……」
――なくない、かもしれない。
好かれてるから、優しくされるのも。
好かれすぎてるから、こんなふうに意地悪されるのも。
私は、一穂くんなら。
「碧子さん……? 」
――この愛情確認が、すき、なんだと思う。
「……よんで……」
一穂くんから名前を呼ばれる時が一番、自分が「碧子」だって実感する。
何してても、してなくても――こうして、愛されていても。
『碧子さん』
自分の名前、今まで自分でしっくりきてなかったんだな――そう気づくくらい、彼に呼ばれるのが好き。
「当たり前だけど、あれが碧子さんだって男も気づいちゃうね」
「……そもそも、誰か、身近であれ見てる人がいたらの話だよ」
誰も見てなかったら、どう匂うこともできないわけで。
というか、その可能性の方が遥かに大きい。
「あー、イライラする。あの首元が開いたTシャツとか、チラ見せどころじゃない腹筋の写真とか。他の男が見たら、絶対使われるじゃん」
「……何によ……。あ、あんなの、もうとっくに流れてるよ。後悔してるんだから言わないで……」
黒歴史っていうか、今現在も進行中だけど。
確かに、あの写真は今思うと恥ずかしい。
でも、あの頃は成果が嬉しくて。
「なんで? 頑張ったの、誰かに見せたくなるの当たり前だよ。言いたいの、そこじゃない」
お願いをスルーされたうえにそんなこと言われて、不貞腐れる私の頬を優しくそっと、意地悪に執拗に正面へと戻した。
――枕が邪魔だ。
せっかく、痛くないように頭を乗せてくれたのに。
思うように反ろうにも反れなくて、もどかしくなる。
「じゃなくて、どうせ見られるならさ。……もっと、誰が見ても俺のだって分かるようにしてやりたい……」
「……っ……」
指が触れて、唇が離れたら。
「手始めに、まだ諦めてないっぽい大郷からいっとく? ……ね、そしたら、いいかげん碧子さんにちょっかい出す気失せるかな。それとも、他の男のものになってるとこ見て、興奮するタイプだったりして。それならそれで、勝手にやってたらいいよな」
「なに馬鹿なこと言って……」
そんなの、もう忘れてた。
今、そんなどうでもいいことより、もっと――……。
「馬鹿? うん、そう。頭おかしくて、狂ってて、歪みきった嫉妬と独占欲。それ見て、自覚してよ」
(……もっと)
黒いはずのホクロが鬱血した紅に負けるなんて、ものすごく歪んだ錯覚。
「そんな俺のところに、堕ちてきちゃったんだって。……何度でも刻み込んであげるから、ちゃんと見て思い出して」
でも、私の目にも、恐らく一穂くんの目にもそう見えるのなら。
「碧子」
私が私でしかないことも、それでもこうして異常に愛されてることも。
「名前呼ばれて嬉しいの? ずっと待ってたんだもんね。ああ、もう、可愛い……好き……」
――それはもう、ただの真実。