断罪された公爵令嬢は元婚約者の兄からの溺愛に囚われる
 ヨルダンは、常に冷静で優秀な部下であるが、今まで見たことがない程、青ざめている。嫌な胸騒ぎがする。冷や汗をたらした、ヨルダンの口が開く。

「それが――、ヴィクトリア公爵令嬢に付けていた近衛騎士が何者かにやられました」
「……ヴィーの所在はどうなっている」
「城から連れ出されたようで、分かっていません」
「なんだと……?」

 今まで感じたことないほどの激情が、脳内を暴れ回る。同じ城内で連れ去られるとは不覚。この世で一番大切な我が妃が誘拐されるなど、怒りのあまり狂ってしまいそうだ。

「影の情報によると、ハーゲン皇弟殿下がヴィクトリア公爵令嬢と接触し、行方不明になった模様です」
「――皇弟を拘束しろ」

 きな臭い皇弟がとうとう正体を現したらしい。大方イーサンの復讐であろう。ヨルダンは息をのんで、声を絞り出す。

「よろしいのですか……?」
「ああ」

 俺もヴィーを探しに行かなくてはならない。やはり俺だけしか入れない檻に、ヴィーを閉じ込めておくべきだった。
 立ち上がろうとすると、扉の向こうから、何者かの気配が肌を刺す。

 すると、途端にカリカリと引っ掻くような音がする。ヨルダンは、警戒をして剣の柄を持ち、扉をダンっと開ける。

「誰だ!」

 そこには誰もいない。ヨルダンは軽く息を吐き、扉を閉めようとする。しかし俺には見えていた。視線が合うと、目を細めて鳴いた。

「にゃ〜ん」
「…………」

張り詰めていた空気が、和らぐ。この猫、どこかで……。

「お前、ヴィーの所の……?」
「うにゃーん!」

……どうやらその通りのようだ。

「ヨルダン、先に行って仕事をしてくれ」
「はっ」

 駆け足でヨルダンが去っていくのを横目に、猫を持ち上げる。こいつは確かルナだったか……?
 どこかで見たことがあるような黒い毛に、黄金の瞳。

「ジャック皇太子殿下。このような姿で失礼します」
「……お前が喋ったのか……?」

――猫が喋った。
どうやら大事な話があるらしい。

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