断罪された公爵令嬢は元婚約者の兄からの溺愛に囚われる



 扉を叩かれて、現れたジャックさまは、息を飲んで固まっていた。
 そしてみるみるうちに顔を赤く染めて口に手を当てた

 息を吹き返したかと思うと、髪を一房すくわれて、お砂糖を煮詰めたような甘い声で呟いた。

「ヴィー。僕の花嫁は、なんて綺麗なんだ。……皆席を外して貰えるかな?」

 ジャックさまのお言葉に侍女たちはお辞儀をしてから退出する。大きな扉が閉まった途端に、今度は手を取られて甲に口付けられた。

「可愛すぎる。――でもこの跡が憎い。ヴィーは僕の妃なのに、奴が許せない」

 イーサンに拘束されていた時の縄の跡がアザになって残っている。レースのグローブで隠せていたと思ったのだけれど、ジャックさまの目を誤魔化せなかったようだ。

「ねえ、ヴィー。上書きするよ?」
「えっ」

 わたくしが手はめているグローブの指の先に、ジャックさまのお口が近づく。かぷりとグローブを噛まれたかと思えば咥えて外されて、手が素肌になってしまった。

(口でレースのグローブを脱がされるだなんて、ジャックさま色っぽくて素敵すぎて失神してしまいそう!)

 手首のアザにジャックさまの唇が触れたかと思えば、本当に上書きするように舐めとられたあと、思い切り吸われた。

「〜〜〜〜っっ!?」

 声にならない叫びをあげてもなお、ジャックさまからの手首へのキスは止まらない。
 わたくしの手首のアザの上に更にジャックさまによる所有印が重なって、その恥ずかしさのあまり、どこを見ていいか分からなくなってしまう。
 そもそもジャックさまの顔が良すぎて、顔が沸騰しているかのように熱い。念入りにわたくしの手首に花を咲かせていくさまは色っぽくて、瞳が潤んでしまう。

「ぁ、ジャック、さま……!」
「ごめんね。こればかりはヴィーが嫌でもやめてあげられない」

 ジャックさまの目の奥が仄暗い。どこか悲しみと怒りがこみあげているような雰囲気で、ぎゅっと胸が切なくなった。

「ジャックさまにされて嫌なことなどありません」
「っ! この状況でその言葉を言う?」

 息を飲んだかと思えば、ジャックさまは苦しげに前髪をかきあげた。何か余計な事を言ってしまっただろうかと不安に思っていると、その後ジャックさまは深呼吸をなされた。

「ヴィーにはいつだって優しくしたいのに、そんなこと言われるとタカが外れてしまうよ」
「えっ?」
「まあ、でも上書きはきっちりしないとね。ヴィーに跡をつけていいのは僕だけ。もう他の人間に手出しはさせない」

 もう片方の手もレースのグローブを、ジャックさまのお口で脱がされて同じように拘束跡にキスで上書きをされていく。
 手首とはいえ、あまりに夜を連想とさせる口付けで、その艶やかな行為に頭がくらくらとしてくる。心臓が痛いくらいにドキドキしておかしくなってしまいそう。

「ヴィー、足も確認していい?」
「えっ。そ、そこは……!!!」

 足首にも拘束跡はついている。けれど、それはドレスをめくらないと見れない。もしかしてそこにも、こんなに破廉恥な口付けを!??

「まあ大丈夫だから、椅子に座ってごらん」
「で、でも……」
「僕にされることで嫌なことはないんだろう?」
「――……った、確かにそうなのですが!」

 気がついたら腰に腕をまわされていて、椅子へとエスコートされてしまう。ジャックさまにされて嫌なことはないとは断言できる。だけど、こ、こんな恥ずかしい事をして、わたくしは生還できるのかしら!?

「ぅ、ジャックさまぁ」
「こんなに可愛い潤んだ瞳をして、顔を赤らめて……。やっぱりヴィーを他の男の前に出したくなんてないな」

 椅子を引かれたら、反射的に座ってしまう。すると、後ろにいたジャックさまはやっぱり目の前にきて跪いた。

「ごめんね。少しだけ確認させて」
「っはい」

 ジャックさまが望む事全て叶えて差し上げたい。だからわたくしは思い切って、流れに身を任せる事にした。恥ずかしくて死んでしまいそうだけれど、大人しくパンプスを脱がされる。踵を持たれてジャックさまの膝の上に乗せられた後、ウェディングドレスの裾を軽く持ち上げられると、素足がジャックさまの目に映ってしまった。

「ひゃあっ」

 恥ずかしくて変な声が出てしまい、両手で顔を覆った。ジャックさまはくすくすと笑うと、足首に何か金属のような物に触れた感覚がした。
 それと同時にしゃんと鈴の音が聞こえて、気になって指の隙間から、そうっと眺める。

「わあっ」

 足首には紫水晶と綺麗な鈴がついたアンクレットが装着されていた。それはとっても美しくてびっくりしてしまった。

「足首はこれで僕の印を上書きするね。こっちの足首にもつけてあげる」

 てっきり足首にもキスされると思ったから、拍子抜けしてしまった。ジャックさまはそれに気がついたのか、いたずらな顔で言葉を紡いだ。

「もしかしてヴィー、足首にもキスして欲しかったかな?」
「ひえ! だ、大丈夫です……!」
「ははっ。ほんとうに?」
「ジャックさまにされるのならば本望ですが。……ですが、恥ずかしくて心臓が壊れてしまうと思うのです」

 パンプスを履かせて貰いながらも、そう本音を呟いた。
 その時ジャックさまは軽く息を飲んだあと、余裕のない表情で椅子に座るわたくしを抱きしめた。

「ああ、もう。もう一つのウェディングドレス姿も見たかったけど我慢が出来ない」

 熱っぽい眼差しで見つめられたら、自然と瞼が閉じる。次の瞬間、影が重なる。
 わたくしは大好きなジャックさまとの甘いキスに蕩けながら、多幸感でいっぱいになった。



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