お嬢様は完璧執事と恋したい

「お嬢様にはいつか素敵な王子様が迎えに来ますよ。ただの執事ではない、本物の王子様が」
「……朝人さんのばか!」

 彼の言葉を聞いた瞬間、澪は頭を撫でる朝人の手を勢いよく払い退けて、そのまま足早にリビングを後にした。

 連打したところでエレベーターの速度が変わらないことは百も承知だ。それでも人差し指の先で上階へ向かうボタンを何度も押しまくる。押した数に比例して胸の中に渦巻く不満と疑問が増幅する。

(釣り合うってなに? 年齢? 執事だから?)

 朝人が口にした言葉の意味をぐるぐると考える。

 王子様の迎えなんていらない。邑井澪は、嶋山朝人がいい。どこかの御曹司じゃなくても、医師免許や弁護士資格を有していなくてもいい。

 歳の差なんて関係ない。澪はもう成人しているのだから自分の結婚相手ぐらい――恋をする相手ぐらい自分で選べる。

 なのに父は澪に相応しい、否、邑井建設の入り婿に相応しい相手を宛がおうとする。朝人も父のそんな考えを察しているはずだが、それと同じように澪の恋心が冗談ではなく本気であることにも勘づいているはずだ。

 けれどそれを巧妙に避けようとする。決定的な言葉を言わせないように完璧に先回りする。

「朝人さんじゃなきゃ、意味、ないのに」

 いつだって澪の想いだけが、風見鶏のようにくるくるとから回っているのだ。
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