お嬢様は完璧執事と恋したい

 そう思ってスーツを掴んだ手に力を込めた瞬間、朝人が澪の唇の前に人差し指をかざしてきた。触れそうで触れない位置に白い手袋を着けた朝人の指が近付いたので、思わずぱちくりと瞬きをする。

「だめですよ、その先を口にしてはいけません」
「……っ!」

 ゆっくりと、静かに、丁寧に。
 澪に語り掛けるように――心を捕らえて離さないように、冷たさと熱さを織り交ぜたように微笑んで。色と艶を含んだ声音で。 

「そう――イイ子ですね、澪お嬢様」

 今まで一度も聞いたことがないほど甘く低い声と、今まで一度も見たことがない誘うような仕草に、背中がゾクと震える。足から力が抜けてしまうような気がして、さらにぎゅうっと朝人のスーツの裾を握りしめる。

 緊張感に身を竦めた澪の様子を見て、朝人がふっと表情を緩めた。その瞬間、彼の瞳の奥に宿っていた色を含んだ輝きもすうっと消え去る。

 澪の言葉を遮る指先を唇の前から退けた朝人は、その手で澪の頭をぽんぽんと撫でてきた。その仕草にまたドキドキと照れてしまう。

 執事である朝人が自ら澪の身体に触れること自体珍しい。だが嬉しさはすぐに不満に変わる。朝人が、また突き放すような言葉を口にするから。
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