お嬢様は完璧執事と恋したい

 だから澪に疑いの眼を向けてくる朝人に自分の考えを主張する。もちろん悪あがきなのは理解しているけれど。

「嫌よ、行きたくない。だって行けばまた面倒なことになるもん」

 澪の訴えに対する朝人の返答は「そうですか」の一言だけだ。そこで「面倒なこととは?」と聞かないあたり、彼も澪が言いたいことを理解しているのだろう。

 ならば見逃してほしいと思うのだが、朝人は雇い主である澪の父の命令には絶対服従である。澪の父が時間を指定しているのならば、彼はその時刻にすべての準備を終えるよう任務を粛々と遂行するのみだ。

「だから、ねえ、朝人さん」
「お嬢様、早くご支度を」

 もう一度甘え声を出してみるが、朝人は澪の肩にポンと手を乗せると、そのまま身体の向きをくるりと変えてしまう。逃亡しようとしていた澪の足は、強引に身体を押す朝人のせいでエレベーターからどんどん遠ざかっていく。

「まって、ほんとに行きたくないの。私、今日は気分が乗らないし」
「ではお父様にそのようにお願いすればよろしいのでは?」
「言えば話が長引くのよ。あの人が説教長いの知ってるでしょ」

 結局、朝人の力に負けてリビングルームの中央まで押し戻される。その間にも文句を言い続けていたが、何を訴えても彼は受け流すだけだ。
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