お嬢様は完璧執事と恋したい

 先日旅館で一夜を共にしたときのような正座ではなく、隣に胡坐になる朝人の傍に少しだけ近寄る。お尻の位置を横にずらして二の腕が彼の肘に触れると、それだけで少し緊張した。

「私、朝人さんがもっと偉くなって私を迎えに来てくれるまで、ちゃんと待つから」

 澪の言葉に、朝人がそっと破顔する。星あかりの中で見つけたその笑顔に、また少しだけ見惚れる。

 今までは澪のさり気ないアプローチはすべてかわされていた。決定的な言葉の気配を感じると、澪が伝える前に制止されて話を反らされていた。

 けれど今はこの気持ちを受け止めてくれる。表情こそ呆れたように笑っているが、澪の想いから目を背け、耳を塞ぎ、なかったことにしてその場から立ち去るようなことはしない。待ちたい、と思うことを許してくれるのだ。

「……朝人さん、キスして」

 だから澪の気持ちがより明確に伝わるように、はっきりとおねだりをしてみる。これまでは一度も叶うことのなかった願い。朝人ともっと触れ合いたい、深いつながりが欲しい、自分のことだけを見てほしい、というわがまま。

「お嬢様。私はこの家に住まう方々の生活や身の回りをお世話する執事なので、主やその身内の方に自ら手を触れることは許されません」

 せっかく距離が縮んだと思ったのに。仕事が終わったあとの時間に、自分から澪のプライベート空間へ足を踏み入れてきたくせに。肝心なところで今の自分たちの立場を掲げて、澪をかわそうとする。
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