エレベーターから始まる恋

「グンジさん…グンジさん」

翌朝、ぶつぶつ呟きながらビルに入る。
一方的に思いを寄せている相手の名前を呪文のように唱えるのは薄気味悪い。

だけど、長らく分からなかった名前が判明したのだから、一歩、いや十歩前進だ。
知ったところで今すぐ関係性が変わるわけではないけれど。

「あら雅ちゃん？どうしたの独り言なんて」

「あ、鈴木さん、おはようございます！今日もお掃除ご苦労様です！」

頭を下げると鈴木さんは柔らかく微笑んだ。

「これが仕事なんだから、そんな大袈裟な」

「いえいえ、気持ちよく仕事できるのはいつもビルを綺麗に保ってくださっているおかげです」

「あら、つい昨日はあんなにげっそりしていたのに、気持ちよく仕事しているのね？」

意地悪っぽく肘でつついてくる鈴木さん。
仕事自体は嫌いではない。ただ上司が嫌なだけだ。
でも同じビル内、いつどこで遭遇するかも分からない相手の話を安易にできるわけもなく、鈴木さんには石岡さんのあれやこれやは話さないでいる。