叶わぬ恋ほど忘れ難い

どれだけ理想を並べても全て無意味だ


 九月の始めの台風の日。
 朝から強い雨と風で、開店から一時間経ってもお客さんは来なかった。

 朝番で入っていた絵衣子さんとわたしは暇を持て余し、絵衣子さんは中抜きしたゲームやDVDのディスクが品番通りに並んでいるかの確認作業、わたしはレジカウンター正面のゲームの陳列棚を掃除していた。
 店長はというと、出勤してからずっとパソコンデスクで事務仕事中だ。

 十時半を過ぎてようやく一人目のお客さんが来店したけれど、それきりだった。
 さすがにこの仕事量でお給料をいただくことが忍びないな、と思い始めた頃。

「崎田さん、メディア化のコーナーを作り直すから手伝って」と。店長がやって来た。

 メディア化のコーナーは店の出入り口のすぐ正面にある。アニメ化や映画化が決まった作品を並べているけれど、如何せんうちは古本屋だ。普通の本屋やレンタルショップと違い、お客さんから買い取ったものだけが売り場に並ぶ。

 本来なら現在放送中の作品を置きたいところだけれど、そういう話題作は買い取ってもすぐに売れてしまうから、なかなかコーナーを作れないでいた。
 今メディア化コーナーに置いてある作品も、ひと昔前に放送していたアニメの原作漫画とDVDだ。この作品は今年、完全版の大型コミックスが発売されたため、古いコミックスとアニメのDVDの在庫は充分だった。

 新しくメディア化コーナーに行く作品は、長く連載が続く少年漫画で、来月からアニメの第三期が始まる。でも三期までの時間がかなり空いたため、原作漫画も、一期二期のDVDも揃っており、足りないものは昨日本部から取り寄せたらしい。

 店長は絵衣子さんに、その原作コミックスのセットをいくつか作るように言って、一巻から五巻までと、一巻から十巻までを数冊ずつ運んで来た。これをまとめて、透明なフィルムでできたOPP袋に包むのだ。
 セット売りコミックスの需要はわりとある。うちの店では一冊ずつよりセットのほうが、買い取り金額が高く、販売価格が安い。まとめて一気に読んでしまいたいという人も多いのだ。かく言うわたしも一冊ずつ追うよりまとめて読んでしまいたい派で、セット売りのコーナーから、気になった作品をいくつか買っている。

 絵衣子さんにレジカウンターとセットコミックスの作成をお任せして、店長とわたしはコーナー作りを始めた。

 まずは現在置いてある本やDVDをブックラックワゴンに載せ、ポスターやポップを剥がしていく。
 空になった陳列棚を丁寧に拭き、新しく本やDVD、絵衣子さんが作ったばかりのセット売りコミックスを並べていく。

 最後にポスターと「第三期放送開始!」と「高価買取中!」のチラシを貼る。どうやら朝から店長がしていた作業はこのチラシ作りだったらしい。

 社員に、との話をしてから一ヶ月。あれから店長は度々、古本屋での仕事を教えるように、わたしをサポート役に指名する。
 作業中、わたしはとても幸福だった。

 店長と一緒に過ごせるから、ではない。店のためにできる仕事が増えれば、この人の役に立てると思えるからだ。

 恋人として隣に立つことができなくても、せめて同じ会社の同僚として役に立ちたい。今頑張る理由は、それだけで良いと思った。


< 40 / 47 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop