貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
仁美(ひとみ)さん。母は?」

主任がそう尋ねると「奥様は書斎にいらっしゃいますよ。旦那様は急用でお出かけなさいました」と返事が返ってきた。

この方は……いわゆる、お手伝いさん、もしくは家政婦さんと言うものだろうか。よくドラマの中で扉の隙間から部屋の中を見ているあれ、だ。現実世界にもいらっしゃったんだ……。と頭の悪さ丸出しでそんなことを考えてしまった。

「こっちだ」

先に廊下を歩き出した主任は振り返ることなく私にそう言う。

「あ、はい!」

今度は噛まずに返事をして、私はそのあとに続いた。

結構長い廊下の真ん中あたり。並んでいる扉の一つの前に立ち止まると主任はそれをノックする。

「はい。どうぞ」

扉を隔ててくぐもった女性の声が聞こえてきた。

こんなやりとりを見るのは、大学の頃以来だ。職場ではノックが必要な役職の部屋に行くこともないし。学生のころは教授の個室に入るとき、こうやって入ったなぁ、なんてほんの数ヶ月前のことを懐かしく思い出していた。

主任は扉を開け中に入る。私は緊張でバクバグいっている心臓を押さえながらそれに続いた。
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