貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
会議室の入り口の前には受付があり、すでに人集りになっている。私はそこに並び、順番が来ると受付の人に自分の名前を告げた。

「朝木与織子です」
「朝木さんですね?おはようございます」

受付の女性がふわりと笑いかけてくれ、少し緊張が解れた気がしながら私も「おはようございます」と返していると、すぐ後ろに溜まっていた人垣を掻き分けるようにその人は現れた。

「君が朝木さんかぁ!」

私が顔を上げると、そこには爽やかに笑顔を浮かべた人が立っていた。
ネイビーのジャケットにノータイの白いシャツに白いパンツ。どうだ、爽やかだろう、と言わんばかりの姿と浅黒い肌に白い歯を見せてニッコリと笑うその人は、私が『誰?』と戸惑っているのを意に返さず続けた。

「君の会社で専務やってる飯田(いいだ)剣矢(けんや)。32才独身。よろしくね!」

そう言ってその人はウインクして見せた。

か……軽い!と思いながらも、専務と言われて「あ、はい!よろしくお願いします!」と私は慌ててお辞儀をした。

「じゃあ、席まで案内するよ」

専務はそう言うと、さりげなく私の背中に手を回そうとする。

え、ちょっと待って?

そう思っていると、専務の後ろから低い声が聞こえてきた。

「専務。それはセクハラにあたります。やめていただけますか」

チッ、と舌打ちしたかと思うと専務は顔を顰め、私はその声の主を見上げた。

「お堅いねぇ。川村は」

不機嫌そうにそう言う専務を気にすることなく、その人は黙って私達を見下ろしていた。
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