全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。 ~全部をかえた絶世の妻は、侯爵から甘やかされる~

嫉妬心を剝き出しにする夫は、わざと妻を辱める

「ぃっ痛い、手を離してください」
 ヘイワード侯爵に掴まれたアベリアの手が、ドクドクと脈打っている。
 でも、侯爵はその手を緩める素振りは見せない。
 傍若無人な振る舞いに、見かねたデルフィーが侯爵を諭す。
「当主、奥様が痛がっております。ご自身の妻でも傍若な振る舞いは、紳士としてお控えいただくべきかと。奥様はお疲れのようですので、立ち話ではなく、場所を談話室へ移しましょう」
「こいつが逃げなければ、端からそうするつもりだ。侯爵家の執事なら、俺に言わずに、こいつに指図すればいいだろう『夫から逃げるな』とな」

  
 険悪な空気のまま場所を移し、談話室で侯爵と向き合って座るアベリア。夫が腕を伸ばせば自分に触れられる距離に、これまで1度も座ったことが無い。
 対話をすることもほぼ初めてかもしれない。

 侯爵家の執事として仕えているデルフィーは、当然ながら侯爵の後ろに控えていて、アベリアからは、口角を下げたデルフィーが見える。彼はいつも見せない不機嫌な表情をしている。
「お前、デルフィーとデキてるのか?」
 遠慮のない侯爵の言葉。

「ヘイワード侯爵が何を思って、そのような事を口にしているのか分かりませんが、そんな事実はありません」
「ごまかしているつもりか、互いに見つめ合って、微笑んでいただろう」
「そのような事で不貞を疑われるなど……。侯爵ともあろう方が酷い勘違いです。子どもの恋でもあるまいし、あり得ません」
「お前にしては随分必至に否定するな。俺は勝手にしても良いと言ったが、俺の名誉を傷つける行為は認めていない。それに、お前との離婚は全く考えていないから勘違いするな。ふっ、お前の父親も侯爵家との繋がりを望んでいるんだからな」
 正当法の離縁は、この侯爵には通じないと呆れ、俯いたまま、声が出せなくなるアベリア。

「お前には、後継者の1人か2人でも産んでもらえば十分だ」

 ――――……これまで、体の関係など一切求めてこなかった侯爵が発した言葉に、この部屋の空気が凍り付く。

 自分はそんな事を全く望んでいない、それどころか絶対に避けたいアベリアは、その関係を回避するため、全力で抵抗する。
「っ、ヘイワード侯爵には、エリカさんがいらっしゃるでしょう。私に後継者など出来れば、不要な争いが起こります。お考え直しください」

「お前だって妻と愛妾の違いぐらい分かってるだろう。これこそ無駄な言い合いだ。エリカが邸で待ってる、時間が惜しいから、さっさと寝室へ行くぞ。――ちっ、なんだお前、そんな嫌そうな顔をしているが、勘違いしていないか?」
「……なにをですか……」
「2人の関係についてだ。ふっ、俺に股を開いて、俺を欲情させる声を出すのが妻であるお前の仕事で、俺は夫として、お前の体を貫いて、お前の中に子種を入れる。夫婦として当たり前のことだ。まぁな、気分がよくなれば、愛撫でもして可愛がってやるから心配するな」

 流石の侯爵も、本当はここまで言うつもりは無かった。ましてや、この邸に到着した時までは、アベリアと体の関係を持ち、後継者を作ることなんてことは、少しも考えていなかった。
 侯爵は、馬車から降りてきた時のアベリアとデルフィーの仲睦まじい雰囲気に嫉妬し、己の存在を誇示して、妻を服従させたかった。
 それに、始めのうちは、アベリアをけなせば満足すると思っていた。
 なのに、侯爵の目には、どうにもアベリアが美しく変わったように見えている。彼女の美しさに惹かれる反面、デルフィーとの関係によって、自分の妻が女性としての魅力を得たのだと心底疑っていた。

 アベリアは元々美しかっただけで、侯爵の愛人エリカが、化粧専従の従者を唆し、侯爵の嫌いな釣り目になるように仕向けただけだった。それは、侯爵のただの酷い勘違いだった。

「まあ、寝室へ行けば、今お前が否定したデルフィーとのことも分かるだろう」
 そう言って、椅子から立ち上がった侯爵。


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