全てを失っても幸せと思える、そんな恋をした。 ~全部をかえた絶世の妻は、侯爵から甘やかされる~

後悔する彼、特別なワインを持った彼女

 日中、ヘイワード侯爵がこの邸へやって来た。
 領主であれば、自分が管理する土地を訪れるのは当たり前のこと。だけど、デルフィーが執事として、この邸で仕えるようになってから侯爵が来たのは、今日が初めてだった。
 侯爵はこれまで、領地管理と妻には全く興味が無かった。
 だから、侯爵がこの地にやって来るとは思ってもいなかったデルフィー。

 デルフィーは、たとえ結ばれることが無くても、彼女が侯爵夫人であり続ければ、ここで平穏に過ごしていける、そう思っていた。
 侯爵をこの地へ招いた原因は間違いなく、彼女が作った化粧水だった。
 あれを「ヘイワード侯爵領の化粧水」などと謳ったせいで、彼女の夫に目を付けられたのだ。
 自分は、あの当時、あの雑草の化粧水がここまで評判になるとは思ってもいなかった。
 彼女には申し訳ないが、あまり売れないだろうと思っていた。だから、貴族の名前を使った方が、箔が付いて少しだけ売れるのではないかと考えていた。
 自分自身が、彼女の事をまだよく知らなかった時に、彼女から相談され適当に答えていた。
 全ては自分が蒔いた種だった。
 あの時、もっと彼女の事を見ていれば、こんな軽率な名前を付けるような事は言わなかったし、彼女が作る化粧水の価値も見誤っていた。
 彼は悔しくて唇を噛んだ。

 原因は全部自分にあるのに、侯爵の感情の矛先は、全て彼女にぶつけられていた。
 侯爵から、聞くに堪えない言葉が彼女へ向けられ、放っておけなかったにも関らず、侯爵家の執事である自分には、彼女の夫へ何も言えなかった。彼女との関係に、自分は何の覚悟も無かった。
 侯爵が放った言葉は、自分への牽制や当てつけということは明白なのに、一方的に彼女が傷つけられた。
 今頃、アベリアはどんな思いで過ごしているのか気がかりだった。

 彼女の事が気になって仕方ないデルフィーは、とても眠る気にはなれず、ベッドに腰かけ考え耽っていた。

 その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
 彼女の事で、侍女が何かを伝えに来たのかと思い、慌てて扉を開いた。
 すると、ワインの瓶を抱えたアベリアが立っていた。
「デルフィーと話がしたくなって。入ってもいい?」
「えっ、アベリア様……」

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