初恋の味は苦い
私が「ねえ」と手を離したのは、通りに飲食店が増え始めた頃だった。

「彼女いるんじゃないの」

祥慈は少しだけ目を見開いたあと、笑って「早いな」と言った。

「会議室での世間話、数時間で広まるんだ」
「小さい会社だし。みんなそういう話題好きだから」

祥慈はハハッと笑う。

「で、なに、彼女がいたらなんなの」
「だからこういう二人で食事とか会ったりとか良くないんじゃないのかなって」
「別にりっちゃんと俺は会社の人間同士だから良くない?」
「良くないんじゃないかな」
「なんで?」
「だって」

思わず言葉に詰まる。
そうだ、祥慈と私はなんでもないんだ。なんの関係もない、ただの同僚。

「別にやましいことはないと思うんだけど」

そう言いながら祥慈は、川沿いに並ぶ飲食店を眺めて私の数歩先を歩く。そして振り向いて私を見た。

「だって俺たち、何もなかったじゃん」

「そんな意識するようなこと」と続ける。

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