初恋の味は苦い
うちの会社はシステム開発をしてるだけあって、社員のほとんどがシステムエンジニアである。

そうか、確かに祥慈は情報科学科へ進学していった。
おかしくはない。

でも、私どうする?

エンジニアとの直接的な接点はないが、この総勢58人の小さなワンフロアを借りてる企業。
顔を合わせないわけがない。

そしてふと思い出せば高鳴る胸。

そう、私はこの10年間、あの人を忘れたことがなかった。
今もなお焦がし続けてるのだ。

「りっちゃん」と呼ぶ声、いつも笑ってる目、廊下ですれ違う時ふと合う瞳、自転車を押す手、私の家の前で振る手、私の頭を撫でる手、花火を見上げながらたまに触れる手・・・

思い出せば思い出すほど溢れかえる数々の素晴らしい思い出。

私たちは青春を謳歌していた。

カーソルがさっきからずっと画面の上で足踏みしている。

「ヤマキさんから返事きた?」
「これお願いしまーす」
「今から健康診断なので、代わりに対応しといて」
「子どもが体調崩したようなので」

次から次へと画面右下に映っては消えるメッセージ。

それなのに私の頭の中は、久しぶりに彼のことでいっぱいになってしまった。

あの多田祥慈が、この会社に来る・・・。
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