私の何がいけないんですか?

7.一生踊らなくて良かったのに

「彼とはいつ知り合ったの?」


 執務室に戻るなり、ヨナス様はそう尋ねた。
 室内には私たち二人きり。アメル様や騎士達は、ドアの向こうに控えている。


「僕の知らない間に。どうして他の男と会話をしているんだい?」


 壁際に追い込まれ、無理やり顔を上向けられる。ヨナス様の笑顔が怖い。恐怖で足が竦んだ。


「どうしてって……先日、夜会でダンスに誘っていただいたの」


 言えば、ヨナス様は目を見開いた。まるであり得ないものでも見るかのような表情。胸がズキズキ痛んだ。


「ダンスに?」

「ええ、そうよ。初めてヨナス様以外の人と踊ったの。嬉しかったわ」


 少しでも空気を変えたい。努めて明るく口にし、無理やり笑みを浮かべてみる。

 ヨナス様以外の人からダンスに誘われることは、私の悲願だ。ヨナス様だって当然、そのことを知っている。だから、一緒になって喜んでくれる筈だって思っていた。


「踊ったの? エラが、僕以外の男と?」


 けれど、ヨナス様は全然、喜んでくれなかった。寧ろ物凄く怒っている。腕をギリギリと捩じ上げられ、あまりの痛さに声が漏れそうになる。だけどそれじゃ、負けたみたいで嫌だもの。唇を強く噛んで堪えた。


「僕以外の男となんて、一生踊らなくて良かったのに」

「……え?」


 だけど、あまりにも思いがけないことを言われて、途端に頭の中が真っ白になった。


(何よそれ)


 怒りと悲しみで身体が震える。冷静にならなきゃって分かっているけど、そんなの無理だ。


「ヨナス様……? ヨナス様は私がずっと、ダンスに誘われたがっていたことをご存じですよね?」


 知らない訳がない。だってヨナス様は、夜会の度に落ち込む私を見てきたんだもの。そうして、私をダンスに誘ってくれたんだもの。


『皆見る目がないな。僕なら真っ先に声を掛ける。こうしてダンスに誘うのに』


 この言葉は嘘だったの? 本当はずっと、私が一人きりで居ればいいって――――悲しめばいいって思ってたってこと?

 ヨナス様を諦めたくて、だけど諦められなくて。早く結婚相手を見つけようって、これまで一生懸命頑張っていたのに。


『僕以外の男となんて、一生踊らなくて良かったのに』


 そんなの酷い。あんまりだ。


「忘れているのはエラの方だろう?」


 だけど、私の問いかけには答えることなく、ヨナス様は尋ねた。まるで責めるかのような口調。何を言われているのか分からなくて、必死に考えを巡らせる。


「僕はエラのことが好きだって言ったのに」


 ヨナス様はそう言って、私のことを抱き締めた。身体が軋む。驚きと戸惑いで、声が出ない。


「エラは酷いよ。君は僕のものなのに。他の男が触れちゃいけないのに。そんなに僕を怒らせたいの?」


 ヨナス様の指先が、私の喉を撫でる。冷やりとした感触。首を絞められているかのように息が詰まる。


「だけど、ヨナス様にはクラウディア様が居るじゃありませんか……! 私のことを好きだって仰ったのに、彼女を選んだ。ヨナス様はクラウディア様と結婚なさるのでしょう?」

「そうだね。確かに、妃になるのはクラウディアだ。だけど、僕の愛情はエラだけのものだよ? 君は一生僕の側で、僕のために生きるんだ。他の男と結婚なんてさせる筈がないだろう?」


 さも当然と言った口調で、ヨナス様が尋ねる。


「私に――――愛妾になれって仰るんですか?」


 何を言われているのか、俄かには理解できなかった。だって、ヨナス様がそんなことを考えていたなんて、今初めて聞いたもの。『結婚を焦らなくて良いんじゃない?』と言われたことはあるけど、まさか結婚自体を禁じられるとは思わないじゃない。
 第一、クラウディア様の気持ちは? 私の意思はどこにあるの?


「エラだって、僕の妃になりたかったんだろう?」

「――――――そ、れは」


 事実であったが故、否定できない。ヨナス様はニコリと微笑みつつ、私の頭をそっと撫でた。


「知っているよ? エラのことなら何でも。僕を諦めるために他の男を探すぐらい、僕のことが好きなんだろう? 安心して? そんなことしなくても、僕がエラを一生大事にするし、可愛がるから」


 耳元で囁かれ、後退る。


(この人は、誰?)


 まるで、全然知らない人みたい。怖くて、今すぐ逃げ出したい。

 私は一体、彼の何を好きになったのだろう?
 分からない。頭が混乱して、苦しい。


「今後はそのつもりで過ごすようにね。もう二度と、あの男と会ってはいけないよ。連絡を取ることも、彼について調べることも禁止だ。良いね?」


 ヨナス様は私の頬に口付けると、執務室を後にした。

 心臓がバクバクと鳴り響く。訪れた静寂が、不安と恐怖を駆りたてる。
 自分の身体を抱き締めながら、しばらくその場を動くことができなかった。
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