私の何がいけないんですか?

8.妃教育と呼び出し

「まぁ……! 素晴らしい。クラウディア様は本当に筋が宜しいですわ」


 顔を上げる。誇らし気な表情のクラウディア様と、年配の女性が目に入った。
 クラウディア様は王妃教育の真っ最中。
 それから、関係の無い筈の私も――――。


 ハンネス様と再会した翌日のこと。ヨナス様は私に、クラウディア様の王妃教育に同席するよう指示した。


『エラはこれから、クラウディアの公務を補佐する機会が沢山あるだろうからね。彼女と一緒に教育を受けると良いよ。エラは美しくて優秀だし、クラウディアの足りない部分を補えると思うんだ。妃の仕事は多岐に渡るからね。分担した方が楽だろう。僕が言ってる意味、分かるよね?』


 最後の言葉は、私というよりクラウディア様に向けた言葉だった。
 聡明な彼女のこと。ヨナス様が意図することがすぐに分かっただろう。婚約したてだというのに、本当に酷い。今にも泣き出しそうなクラウディア様の表情が、あまりにも気の毒だった。


(本当は妃教育に同席なんてしたくない。領地に引っ込みたいぐらいなんだけど)


 実際クラウディア様は、私の顔すら見たくないだろう。今だって、私を視界に入れないよう、神経を尖らせていらっしゃるのが分かる。

 だけど、仕事を投げ出すわけにはいかないし、ヨナス様直々の命令には逆らえない。第一、何がヨナス様の逆鱗に触れるか分からない以上、下手な動きが取れなかった。


 あの日以降、私の行動は逐一監視されている。両親に相談しようにも、母と二人きりになることも、父に手紙を出すことも出来やしない。

 二人はかねがね、縁談のちっとも来ない私を憐れんでいたし、愛国心が強いから、娘である私の意思を確認しないまま、ヨナス様の愛妾となることを許してしまうかもしれない。


(正式に命令が出てしまったら、父が断れないことは分かりきっているけど)


 それでも、両親には私の気持ちを知っておいてほしいと思う。


(ハンネス様……)


 庭園で再会してから既に十日。あれ以降、ハンネス様にはお会いできていない。

 だけど、彼は間違いなく、私に会おうと努力してくれている。日毎、私に付けられる騎士が増えるからだ。
 一女官に騎士が付くこと自体が前代未聞だし、ヨナス様の婚約者であるクラウディア様よりもずっと多い。どう考えたって異常事態だ。

 恐らくは、手紙も面会の申し出も、全て私へと届く前にシャットアウトされているのだろう。ヨナス様を刺激しないよう、何も尋ねないようにしているけど。


(会いたいなぁ)


 目を瞑ると、ハンネス様の笑顔が浮かんでくる。穏やかで優しい声音が聞こえてくる。
 彼と言葉を交わしたのはほんの数回。だけど彼は、私が欲しかったものを、言葉を全て与えてくれた。


『大丈夫だよ』


 頭の中で、ハンネス様が下さった言葉を、何度も何度も繰り返す。


『また、すぐに会える――――会いに行くよ』


 そう約束してくれたから。だから私は、今も精神を保っていられる。希望を持てるんだと思う。



「エラ様」


 その時、後から小声で呼びかけられた。私に付けられた騎士の一人だ。
 妃教育を邪魔しないよう退室し、用件を尋ねる。すると彼は思わぬことを口にした。

 陛下が――――ヨナス様の両親が、私を呼んでいる、というのだ。


 両陛下とは、子どもの頃からの付き合いだ。二人とも優しく、私のことを本当の子供のように可愛がってくれている。
 だけど、こんな風に呼び出しを受けるのは初めてのことだ。用件がちっともわからないため、何だかドキドキしてしまう。


「遅くなって申し訳ございません。お呼びでしょうか」


 謁見の間に着いた私は、膝を折り、臣下の礼を執った。

 我が国が一番栄えていた時に作られたというこの広間は、贅を尽くした実に豪華な一室だ。
 壁の至る所に施された金の装飾。大きな窓から降り注ぐ太陽の光が反射し、美しい輝きを放っている。床も壁も天井、細部に渡るまで豪華絢爛、最高級の装飾で埋め尽くされた特別な部屋。私も今まで数回しか入ったことがない。


「エラ。待っていたよ」


 国王陛下が私の顔を上げさせる。すると、陛下の側に思わぬ人物を見つけた。私の両親だ。


「お父様! 王都にいらっしゃっていたのですか?」


 陛下に断りを入れ、両親の元へと駆け寄る。二人は私を温かく迎えてくれた。


(すごい、こんな形で二人に会うことができるなんて……!)


 連絡を取れずにいた両親が、今、揃って目の前に居る。二人にヨナス様のことを相談できる。神様のいたずらに感謝しながら、私は胸を弾ませた。


「一体どうしてこちらへ? 陛下が呼んでくださったのですか?」

「ああ。実はね、エラ。お前に良い話があるんだ」


 そう言って父が騎士達にそっと目配せをする。彼等はしたり顔で頷くと、扉を開け、恭しく首を垂れる。

 扉の向こう側に居たのは他でもない。
 会いたくて会いたくて堪らなかった人――――ハンネス様だった。
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