妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~
「――――ねぇ、姉さま。お願いがあるのです」


 その時、華凛が申し訳なさそうに眉を八の字にして、わたしの瞳を覗き込んだ。


「お願い? 華凛が珍しいわね」

「はい……。自ら志願しておいて申し訳ないんですけれども」


 華凛はわたしの手を取り、潤んだ瞳でこちらを見つめてくる。わたしは小さく首を傾げた。


「わたくしを、後宮の外に出してはいただけませんか?」

「……え?」


 けれど、妹が言い出したのは思いもよらないことだった。わたしは目を丸くしながら、大きく身を乗り出す。


「外に出たいって華凛……」

「ビックリさせてごめんなさい。でもわたくし、外の世界が恋しくなってしまって……」


 華凛はそう言って悲し気に目を細めた。


(そりゃあそうだよなぁ)


 望んで後宮入りしたとはいえ、夫である憂炎が来ないのでは後宮にいる意味がない。おまけに全ての自由を奪われているのだ。少しぐらい外で羽を伸ばしたくなるのも頷ける。


「もちろん、ずっとだなんて申しません。ほんの2~3日の間で構わないのです。入れ替わっている間、姉さまがしてくださっているお仕事は、当然わたくしが引き継ぎますわ。宮殿の地図と、簡単な引き継ぎさえあれば何とかなると思いますの」

「――――そうね。わたしの仕事の方は大丈夫だと思う。でも……」

(入れ替わっている間に、万が一憂炎が訪ねてきたらどうしよう)


 そんな考えが頭を過る。
 後宮の外で憂炎と会うのとは訳が違う。あいつが後宮を訪れること――――それは即ちわたしが妃としての務めを求められることを意味する。


(無理だ……あいつとどうこうなんて考えられない)


 わたしにとって憂炎は、何処まで行っても従兄弟――――親友だ。受け入れられる筈がない。


「――――姉さま、きっと憂炎は参りませんわ。どうして彼が姉さまの入内を望んだかはわかりませんが、こうして2ヶ月の間、わたくしたちの間には何もなかったんですもの。それなのに、わたくし達が入れ替わっているたった2~3日の間にどうこうなるなんて考えられませんわ」

「そうね……確かにそうかも」


 まるで独り言のようにわたしは小さく相槌を打つ。
 だけどわたしの頭の中には、わたしを妃に望んだあの日の憂炎の姿が鮮明に残っていた。


『俺はずっと、凛風しかいないと思って生きてきた』


 憂炎の言葉が、眼差しが胸を焦がす。

 入内した『凛風』の元に通わないくせに。『凛風』でなく『華凛』を溺愛しているくせに――――。
 そう思うけど、それでも心のどこかに引っかかるのだ。
 


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