妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~
「そろそろ戻った方が良いんじゃないか? 仕事、押しちまうぞ」

(むしろ帰れ)

 心の中で付け加えながら、わたしは満面の笑みを浮かべる。恐らく憂炎にはわたしの心の声までばっちり聞こえていることだろう。だけど、侍女達は主人である『凛風』の元に憂炎が通うことを望んでいるみたいだし、わたし達の関係性を良く知らない宦官から不敬だのなんだの騒がれるのも面倒くさい。あくまで憂炎が『自発的に』帰ったという体を取りたかった。


「いや――――今日の分はもう片付けてきた」

(は⁉ )


 けれど、憂炎が口にしたのは思わぬセリフだった。


(いや……絶対嘘だろ?)


 あいつの業務量をきちんと把握しているわけじゃないけど、ここ数日の様子を見るに、まだまだ仕事はてんこ盛りだろう。きっとそうに違いない。


「最近働きづめだったからな。2~3日はゆっくり過ごせるように調整してある」

(はぁ⁉ )


 追い打ちを掛けるかの如く、憂炎はそう言った。どこか勝ち誇ったように細められた瞳が小憎たらしい。


(ゆっくりすると言うなら、自分の宮殿でしろ!)


 心の底からそう言ってやりたいと思うけど、憂炎はこの場から動く気はないらしい。黙ってわたしのことを見つめ続けている。


(まさか――――憂炎は本当にわたしと一夜を過ごすつもりなのだろうか)


 いや。いやいやいやいや。あり得ない。本気であり得ない。
 本気で『凛風』を妃にしたいなら、この2ヶ月の間にとっくにそうしていた筈だ。ここに来て翻意するとか無い。っていうか、心の底からそう思いたい。


(まだだ。まだどこかに逃げ道は残されているはずだ)


 きっと憂炎はわたしの反応を見て楽しんでいるんだ。仕事に少し余裕ができたもんだから、嬉しくなって、それでわたしを揶揄いに来たんだ。きっとそうに違いない。


「――――良かったじゃないか。疲れてそうだし、今日はぐっすり眠ると良い」


 暗に『一人で寝ろ』と伝えつつ、わたしはニコリと微笑んで見せる。


(さぁ帰れ。とっとと帰れ。マジで心臓に悪いから)


 心の中で呟きながら、わたしは憂炎に念を送り続ける。


「――――――そうだな。今夜はここでゆっくり眠るとしよう」


 けれど憂炎はそう言って、めちゃくちゃ邪悪な笑みを浮かべた。わたしの全身からサーーーッと勢いよく血の気が引く。


「おまえと一緒の寝台で、な」


 最後の止めとばかりに憂炎が笑う。


(嘘だろ……?)


 逃げ道を完全に塞がれてしまった。心臓が変な音を立てて鳴り響く。わたしは口をハクハクさせながら、呆然と憂炎を見つめた。
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