妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~
(なんで! どうして来ないの!)


 わたしは一人、愕然としていた。

 今日は待ちに待った後宮生活四日目。なのに、待てど暮らせど華凛は来ない。

 今日で解放されると思ったのに。だからこそ、この三日間耐えられたというのに。
 無情にも空は暗闇に染まっていく。


 あれから憂炎は、ご丁寧に三日連続でこの宮殿に通ってきた。名前も知らないでっかい宝玉や、滑らかな絹織物を土産に持参して、いっちょまえに機嫌を取ろうとしているあたりがまた腹立たしい。


『そんなものは要らん』


 だから帰れと言外に伝えても、あいつは全く意に介さない。仏頂面のまま、片時もわたしを離さないのだ。そんな顔をするぐらいなら、大好きな華凛のところに行けば良いのに――――この三日の間に、何度となくそう言ってやりたくなった。

 腹立たしいことはそれだけじゃない。
 二日目、三日目ともなれば、少しぐらい抵抗できるようになるだろうと踏んでいたのに、ちっとも歯が立たないままだ。それどころか、身体が憂炎に手懐けられている感すらあって、忌々しくて堪らない。


(だが、憂炎の奴も、さすがに今夜は来ないだろう)


 憂炎は最初の夜、『2~3日はゆっくりと過ごせる』と言っていた。今日はもう四日目。あいつの働きっぷりを思い出すに、今頃は仕事が溢れかえっているに違いない。

 明日になればきっと、華凛はここに戻って来る。そしたらわたしは、こんな所とはさっさとおさらばして、『華凛』として、自由に生きていくんだ。

 そう思っていたというのに。


「なんでおまえは来るんだよ」


 夜も更けようという頃合い。しれっとした顔で宮殿を訪れる憂炎に、わたしは恨みがましい視線を容赦なく浴びせる。


「……どうして、『おまえ』なんだ?」


 憂炎は眉間に皺を寄せつつ、上衣を手渡した。今夜は疲れているらしく、頻りに目を瞬かせている。


「……今日、華凛が遊びに来てくれるはずだったんだ。三日前、約束したのに来なかった。連絡もないし」

「あぁ、そうだったのか。華凛なら具合が悪いらしい。今日は仕事も休んでたよ」

「休み? そうか、それなら……いや、心配だな」


 本当は両手を上げて喜びたいところだけど、変な疑念を抱かせるわけにはいかない。心配そうな表情を無理やり作る。
 だけど、原因が分かったんだもの。安堵してしまうのは仕方ないだろう。

 憂炎は長椅子に腰掛けた。余程きついのか目元を手のひらで覆いながら、小さくため息を吐いている。


(華凛がいなかったから、仕事が捌けなかったのかな)


 理由が分かった今なら、少しだけ優しい気持ちになれる。憂炎の隣に腰掛けると、そっと彼の頭に手を伸ばした。


「え?」


 憂炎は心底ビックリしたらしく、目を丸くし、わたしのことを凝視する。青白かった頬が人間らしい色合いに戻っていた。
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