妹と人生を入れ替えました~皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです~
「なんだよ」


 二日目、三日目と寝室以外の場所――――素面の状態で憂炎と接することが苦痛で、照れくさくて。正直何を話したかなんて覚えていない。
 だけどさすがに、こんな珍獣でも見るような表情をされる謂れはない。
 唇を尖らせ、わたしは憂炎を睨み返した。


「まったく、ちょっと労わってやろうと思ったらこれだもんなぁ」


 慣れないことはするもんじゃない。そう思って手を退けようとしたら、憂炎の手がわたしをガシッと掴んだ。しばしの沈黙。それからなにを思ったのか、憂炎はほんの微かに己の頭を動かした。


「…………だから、何なんだよ?」


 そんな風に黙り込まれたら居た堪れない。
 憂炎は数秒間、もの言いたげにこちらを見つめたかと思うと、思い切りわたしを抱き締めた。


「えぇっ?」


 突然のことに素っ頓狂な声が上がる。憂炎はわたしを抱き締めたまま、肩口に顔を埋めていた。


(なに? なんなの、憂炎の奴)


 わたしたちの触れ合いと言えば、従兄弟としての他愛ない接触や、好敵手としての手合わせ、妃として――――夜伽に必要なあれこれで、こんな風に脈略なく抱き締められたことなんてない。
 そりゃあ、わたしがここに来てまだ四日だけど。本来なら別に必要ない接触な気がするし。


「……って」

「え?」


 その時、憂炎が何事かを囁いた。聞き返すと、憂炎は更に腕の力を強め、わたしのことを抱き締める。


「労わってくれるんじゃなかったのか?」


 耳元で響く、甘えるような声音。その途端、背筋がぞくりと震え、胸の奥底から何かが勢いよく湧き上がってくる心地がした。
 鼓動が驚くほどに速い。身体が熱くて、ムズムズして堪らない。


(なんだ、これ?)


 これまで経験したことのない浮遊感。心の中で炎が暴れているみたいな感覚だった。今すぐ吐き出したくて、でもどうしたら良いのか分からなくて、すごくすごくもどかしい。


「……仕方がない奴」


 それは、わたし達どちらに向けた言葉なのか――――自分でもよく分からない。
 だけど、ひとまず今は望みどおり、憂炎を労わってやることにする。
 手持無沙汰になっていた手で頭を撫でてやると、奴は嬉しそうに身体を揺らした。スリスリと擦り寄られ、まるで母猫にでもなったような気分だ。


(どうせ明日には、『華凛』に戻るんだ)


 空いているもう片方の腕で、憂炎のことを抱き返してやる。この数日で少しずつ馴染みつつある温もりが、一気に全身に染み込むような心地がした。


「凛風」


 耳元で響く、甘えるような、けれど欲を孕んだ声音。憂炎の燃えるような瞳がわたしを捕らえ、ゆっくりとこちらに近付いてくる。


(……これが最後になるんだよな)


 焔がチリチリと胸を焼く。ため息を一つ、わたしは憂炎の口付けを受け入れたのだった。
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